ジャパン/コンピュータ・ネット代表 岩戸あつし

歳をとってくると、本や書類を長時間読むのがだんだん難しくなる。内容が難しいからではない。先に疲れてしまうのは頭ではなく、目の方である。

若い頃は、何時間でも本を読んだり、パソコンの画面を見続けたりできたような気がする。ところが最近は、しばらく文字を追っていると、目が重くなり、焦点が合いにくくなる。そこで眼鏡を外し、目薬をさして、目を閉じて少し休む。すると、またしばらくは読めるようになるのだが、歳とともに、その「しばらく」が少しずつ短くなってきた。

読む気力はあっても、目がついてこないのである。

そこで最近、私が始めたのが、原稿や書類を機械に読んでもらうことである。パソコンやスマートフォンには「音声読み上げ」という機能があり、画面に表示された文章を声にして読んでくれる。
音声読み上げの技術そのものは、以前からあった。しかし、ひと昔前の機械音声は、正直なところ、あまり長く聞いていられるものではなかった。声が妙に高く、キンキンしており、文章の区切り方も不自然だった。漢字の読み間違いも多く、イントネーションにいたっては、「これはいったい、どこの地方の方言だろう」と考えてしまうほどであった。

英語の読み上げも、以前は決して自然とはいえなかった。単語そのものは読めても、文全体の抑揚が乏しく、どこが重要なのか分かりにくいことがあった。また、略語や人名、専門用語になると、思いがけない発音をすることも多かった。
ところが最近は、日本語も英語も、読み上げの精度がかなり向上している。

日本語では、漢字の読み分けや文節の区切り方が以前より正確になり、句読点に沿って自然に間を取るようになった。疑問文では語尾が少し上がり、説明文では落ち着いた調子になるなど、文章の種類に応じて抑揚も変化する。まだ人名や地名、珍しい専門用語を読み間違えることはあるが、一般的な文章であれば、ほとんど違和感なく聞けるようになってきた。

英語についても同様である。以前のように、すべての単語を同じ強さで並べて読むのではなく、重要な語を少し強く読み、文の意味に合わせて間を置くようになった。発音も明瞭で、アメリカ英語、イギリス英語など、話し方の種類を選べる場合もある。長い英文でも、どこで一つの意味が終わり、次の説明が始まるのかが分かりやすくなった。

私は日本語と英語の両方で原稿を書くことがあるため、この進歩を特にありがたく感じている。

日本語の原稿を読ませると、文章が長すぎるところや、助詞が重なっているところに気づく。英語の原稿を読ませると、単語の選び方だけでなく、文が長すぎて息継ぎのできないような構造になっていないかも分かる。目で読んでいると意味を理解することに集中してしまうが、耳で聞くと文章のリズムや流れがよく見えてくるのである。

もちろん、最近の音声も、人間の朗読とまったく同じというわけではない。固有名詞を間違えたり、妙なところを強調したりすることもある。日本語と英語が一つの文章の中に混在していると、突然声色や発音が変わり、少し驚かされることもある。

それでも、普通の文章であれば、内容を理解するには十分である。声の種類や読み上げる速さを選べるものもあり、自分の聞きやすい設定に調整できる。速すぎれば少し遅くし、慣れてくれば少し速くすることもできる。

私の場合、特に役立っているのは、自分で書いた原稿を確認するときである。
原稿を書き続けて目が疲れてくると、画面を見るのをやめ、椅子にもたれて目を閉じる。そして、書いたばかりの文章をパソコンに読ませる。すると、不思議なことに、目で読んでいるときには気づかなかった問題が、耳で聞くとはっきり分かる。

一つの文が長すぎる。似たような表現が何度も出てくる。話のつながりが急に飛んでいる。読点の位置がおかしい。文章の意味は通じても、声にするとひどく分かりにくい――そうした欠点が、音として聞くことで見つかるのである。
特に、自分で書いた文章は、何を言いたいのかを本人が知っているため、多少おかしな表現があっても、頭の中で自動的に補って読んでしまう。しかし、機械は書いてあるとおりにしか読まない。そのため、機械が不自然に読んだところには、文章そのものにも何か問題がある場合が多い。

聞いていて引っかかったところを直し、もう一度読ませる。目が疲れたら、また目を閉じて聞く。この繰り返しによって、以前より原稿を書くスピードがかなり上がった。目を休ませながら作業を続けられるので、身体的にも楽である。
これは、考えてみれば「読む」という行為を、目だけに任せない方法なのだろう。本や文章は目で読むものだと思っていたが、耳から読んでもよいのである。

私は電子書籍で小説を読む習慣があまりないため、Amazonなどの電子書籍サービスに、どの程度音声読み上げ機能が備わっているのか詳しくは知らない。朗読されたオーディオブックもあるが、すべての本が音声化されているわけではない。ぜひ、どの電子書籍でも簡単に読み上げられるようになってほしいと思う。

日本語の本だけでなく、英語の本も自然に読み上げてもらえれば、外国語の学習にも役立つだろう。文章を目で追いながら正しい発音を聞くこともできるし、目を閉じて英語のリズムに集中することもできる。読書のための機能が、そのまま語学学習の道具にもなるのである。

もちろん、小説を味わうには、人間による朗読の方が優れているだろう。登場人物の感情や場面の雰囲気、作者独特の間合いを表現することは、機械にはまだ難しい。しかし、新聞記事、説明書、仕事の資料、自分の原稿などを確認する場合には、機械音声でも十分に役に立つ。

高齢になると、以前できていたことが少しずつ難しくなる。しかし、その一方で、新しい技術が、それを補ってくれることもある。目が疲れたから読むのをやめるのではなく、目を閉じて耳で読む。

日本語でも英語でも、機械の声は年々自然になり、以前よりも安心して文章を任せられるようになった。
音声読み上げは、単なる便利な機能ではない。年齢を重ねても、文章を読み、書き、学び、考え続けるための、新しい道具なのかもしれない。

↓本記事が参考になりましたら、ぜひ👍をお願いいたします。↓

Share This