鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice
男性ホルモン(testosterone)のレベルは年齢とともに徐々に低下していきます。80歳では20歳時のレベルの約半分にまで下がってい
ます。しかし、男性ホルモン値が下がっているだけで症状がなければ遅発性性腺機能低下症とはいえません。たとえ男性ホルモン
レベルが下がっていても、若い男性の正常範囲内での低限よりも低いことはあまりありません。また、年齢層別においての正常範囲枠はまだ定められていません。男性更年期という名称もありますが、女性の更年期のように卵巣機能が明らかに止まり、女性ホルモンが極端に下がるような現象とはメカニズムが異なるので適切なネーミングとは言えないようです。
ただひとつ言えることは、女性でも閉経を迎えても更年期症状が出る人と出ない人がいるのと同じように、男性でも男性ホルモン値が下がっても症状が出る人と出ない人がいるということです。
病因
精巣の機能は年齢とともに徐々に低下していきます。この変化は更年期とともに極端に低下する女性の卵巣機能とは対照的です。
精子形成は年齢とともに減少しますが、男性の場合、繁殖機能は一生保たれます。ただし、精液の量は減り、精子の質と運動性も低下することによって繁殖能力は若い男性と比べると下がっています。脳下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンが上昇することによって精巣機能の低下をある程度補うことができています。
血中男性ホルモン濃度は25-30歳でピークに達し、1年で約1%ずつ低下していきますが、個人差はかなりあるようです。
血液中に循環している男性ホルモンの約半分は性ホルモン結合グロブリン(sex hormone binding globulin, SHBG)と結合し、あとの半分はアルブミンというタンパクと結合しています。
どちらのタンパクとも結合しないで自由に生物学的に活用できる男性ホルモン(遊離男性ホルモン)の比率は全体の0.5~3%にしか
すぎません。年齢とともにSHBGも増加しますので自然と遊離男性ホルモンの比率も低下します。診断時に使用する男性ホルモン
レベルはタンパクと結合していない遊離男性ホルモンが測られます。
男性ホルモンレベルは年齢だけに影響されていないようです。慢性疾患、とくに糖尿病、高血圧、肥満、高脂血症などがあれば
男性ホルモンの低下は進むようです。このメカニズムはまだ明らかにされていませんが、男性ホルモン値が男性の健康指標として
見られることもあります。
遅発性性腺機能低下症の症状
症状は主に3つの分類があります。
*性的
ー性欲減退
ー夜間の勃起の消失
ー勃起不全
ー満足度の低いオルガズム
ー射精量の減少
*肉体的
ーエネルギー、スタミナの減退
ー筋力低下
ー身体の衰弱
ー昼間の眠気
*精神的
ー悲しさ、ふさぎ込み、イライラ
ー鬱
ー自尊心の低下
ー短期記録障害
ー不眠
また、診察時の所見では次のようなことが見られるかもしれません。
ー筋肉量の減退
ー肥満体
ー体毛の消失
ー女性化乳房
ー睾丸の縮小
上記のような症状は他のあらゆる疾患からでもおこることがあります。このような症状があっても男性ホルモンレベルも同時に低下していないと遅発性性腺機能低下症の診断は成り立ちません。
検査
血中男性ホルモンレベルが低ければ必ず一度だけの測定で結論を出さず、1-2週間後に2度目の再測定が必要です。
男性ホルモン値の測定は午前8~10時にすることが最適です。また、測定する直前に激しい運動をしたり、急性疾患や手術をしていれば検査は延期するべきです。2度目の検査のときにはFSH,LH,SHBG, prolactinなどの関連検査もしておくとよいでしょう。
また、定期的に検診を受けていない人でしたら血圧、体重測定、コレステロール、血糖値なども検査しておくべきです。
もし男性ホルモン治療を始めるのでしたら前立腺、乳房、睡眠無呼吸のチェックも必要です。もし、男性ホルモンレベルがあまりにも低かったり、低インパクトの怪我で骨折をしたことがあるような人は骨密度(Bone mineral density,BMD)の検査もしておくべきです。
男性ホルモンの”低レベル”の基準は国によって違います。オーストラリアでは2回連続で8nmol/L以下の場合をいいます。
男性ホルモン治療に関する禁忌
*前立腺癌
*乳癌(男性でも希に乳癌になる人もいます)
*コントロールされていない重症な閉塞性睡眠時無呼吸
*重症の前立腺肥大の症状
*重症の心不全(男性ホルモンが浮腫みをおこすことによって心不全を悪化させる可能性もある)
*父性志願(男性ホルモン治療は精子形成を妨げる)
男性ホルモン治療の副作用
*男性型禿頭症
*睡眠時無呼吸の悪化
*にきび
*女性化乳房
*浮腫み
*赤血球増加症
*睾丸萎縮、精子数減少
治療について
一度治療を始めれば、副作用がおこらない限り、一生続けることになります。始めは短期作用のあるパッチやジェルなどを使用し、問題がなければ筋肉注射やインプラントなど長期作用(3~6ヶ月)のあるものに切り替えることもできます。
治療中の男性ホルモンレベルの目標値は15~20nmol/Lです。治療開始から6週間後に血中濃度をチェックし、投与量を調整します。その後3ヶ月、6ヶ月、そして1年ごとにチェックし、症状、副作用について聞き、血色素、ヘマトクリット、肝機能、
コレステロール、PSAなどの検査をします。睡眠時無呼吸の症状、乳房の診察、前立腺肥大の症状(排尿の勢い、排尿の頻度
など)などにも注意を払わなければなりません。
治療のメリット
きちんとした診断基準にもとずいて遅発性性腺機能低下症と判断された場合、男性ホルモンの補充治療をすれば上記のような症状が改善されるはずです。また、高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満の悪化を抑え、動脈硬化からおこる虚血性心疾患(心筋梗塞や
狭心症)や脳卒中などを防ぐことにも役立ちます。治療対象者の慎重な選択が大切です。