鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice


卵巣嚢胞は卵巣にできる液の入っている嚢(ふくろ)です。女性の毎月の月経サイクルの前半で左右どちらかの卵巣が卵を包んだ嚢(卵胞)を出します。そして、サイクルの半ばで脳下垂体から分泌された黄体形成ホルモン(Luteinizing hormone, LH) の影響で卵胞から卵が押し出されて排卵となります。もし受精がおこらなければ子宮の内膜は剥がれ、生理となって体外に排出されます。この卵胞から排卵のサイクルの途中で問題がおこれば嚢胞ができて問題をおこすことがあります。女性の初潮から閉経までのあいだには何らかの卵巣嚢胞がおこることはよくありますが、ほとんどの場合は何も症状をおこさず、自然に退縮します。
閉経前の女性で、生理が規則正しくくる人の30%、生理が不規則な人の50%におこります。閉経後の発生率は低く、もし閉経後におこった場合は癌の可能性がたかまります。

卵巣嚢胞の種類
●卵胞嚢胞(follicular cyst):
何らかの理由で月経サイクルの半ばで黄体形成ホルモン(LH)のピークがおこらず、卵巣が卵を放出できず、そのまま嚢胞とな
ってしまいます。直径5-6cm程までの大きさになることもあります。ほとんどの場合は2-3ヶ月で消失し、無症状ですが、もし嚢胞が破裂したときは鋭い痛みを伴います。
●黄体嚢胞(corpus luteum cyst):
排卵はおこり、卵は卵巣から放出されますが卵が出た孔がすぐに封鎖されてしまい、中に液が溜まり,嚢胞となります。ほとんどは数週間のあいだでなくなり ますが、中には直径10cmほどの大きさにまでなることもあります。嚢胞の中に出血し、またその嚢胞が破裂して骨盤内に出血したり、卵巣の捻転がおこったりすればひどい痛みをおこすこともあります。
●類皮嚢胞(dermoid cyst):
卵巣の中に多能生殖細胞が残っていて卵巣の中にあらゆる細胞を作ります。毛、歯、骨、脂腺性の物質、神経などがこのような嚢胞の中に見られます。ほとんどの場合は妊娠可能年齢層におこります。10ー15%は両側の卵巣におこります。1-2%は悪性のものです。特に40才以上で類比嚢胞がある場合 は悪性の可能性が増します。大きさは数センチから45センチほどまでにもなることがあります。ほとんどは症状をおこしませんが卵巣を捻転させたり、また破裂して腹膜炎や癒着をおこすこともあります。また、悪性化することもありますので、このような嚢胞が発見されれば摘出することが薦められます。卵巣全体が侵されていなければ病変部だけを取り除き、健康な卵巣の部分は残します。一部分でも卵巣が残されていれば生殖能力には影響はありません。
●類内膜嚢胞(endometrioma, chocolate cyst):
子宮内膜が卵巣内の嚢胞におこる疾患です。子宮内膜症の一環として卵巣におこります。このような嚢胞は赤茶色の液が含まれ、チョコレート嚢胞ともいわれます。ひどい生理痛をおこしたり不妊の原因となることもあります。大きさは 直径15~16cm以上になることもあります。このような嚢胞が破裂すれ ばひどい痛みをおこしたり骨盤内に癒着 をおこしたりします。
●多嚢胞卵巣(polycystic appearing ovary):
卵巣が肥大していて、卵巣の外辺にいくつもの小さな嚢胞がみられます。このような卵巣の変化がおこっていて、しかもその他に内分泌異常(無排卵、生理不順、男性ホルモンレベルの上昇、インシュリン耐性)も見られる場合は多嚢胞卵巣症候群(polycystic ovarian syndrome)といいます。単に卵巣にこのような変化が見られる場合と、内分泌異常を伴う場合との区別は大切です。

卵巣嚢胞の症状
■多くの場合は無症状で、健康診断で腹部超音波検査をしたときに発見されることがよくあります。
■下腹部の痛み:卵巣嚢胞の大きさや嚢胞の種類によって痛みの度合いも異なります。小さい卵胞嚢胞や黄体嚢胞でしたら多少の下腹部の違和感程度の症状かもしれません。もしかなり大きなものでしたら痛みを感じたり、まわりの臓 器への圧迫からおこる症状(例えば膀胱に圧迫があれば頻尿になる)がおこるかもしれません。嚢胞が破裂したり出血がおこったり卵巣の捻転がおこったりすれば急激な激しい痛みがおこります。捻転や破裂は激しい運動や性交の後におこることがよくあります。
■吐き気、嘔吐:特に痛みが激しいときは吐き気や嘔吐を伴うこともありますが、他の病気、例えば虫垂炎などでもこのような症状はおこります。
■不正出血:卵胞嚢胞のようなホルモンの不均衝からおこった嚢胞でしたら不正出血もおこるかもしれません。
■生理痛、性交疼痛、過多月経:類内膜嚢胞の場合、このような症状もおこっていることもあります。

検査
▲腹部超音波検査:この検査で卵巣嚢胞があることを確認できます。子宮外妊娠や虫垂炎などの鑑別診断を除外することもできます。この場合、超音波のプローブを腹部にあてるだけでなく、経膣からも行うほうが卵巣部分は詳しく調べられます。卵巣の大きさ、それに単純性嚢胞(嚢の中に液しかないもの)であるか、あるいはもっと複雑なものであるか(液だけでなく固形質も含まれている)ということも超音波検査で判断できます。また、カラードプラ超音波検査をすれば卵巣への血流もわかり、卵巣捻転によって血流が低下しているかもわかります。
▲CTスキャン:卵巣の詳細をみるには超音波検査ほどに正確ではありません。しかし、腹部痛の原因が卵巣嚢胞からではなく、その他の疾患が疑われる場合に役立つこともあります。
▲MRIスキャン:卵巣嚢胞の組織組成を超音波検査よりも詳しくみることができます。
▲血液検査:そのときの状況によって血液検査が必要なこともあります。子宮外妊娠が疑われた場合は妊娠検査も必要です。卵巣嚢胞が複雑なもので癌の疑いがあればCA-125 という腫瘍マーカーの検査をすることもあります。また、多嚢胞卵巣症候群が疑われる場合は血中のホルモンレベルやブドウ糖負荷試験なども役に立ちます。感染性の疾患が疑われる場合、出血を伴っている場合、緊急手術が予期される場合などは血色素や白血球数などの検査も必要です。
▲尿検査:尿路感染も疑われるときは尿の培養検査も必要です。

治療
健康診断などで発見され、無症状な場合は経過観察だけですみます。卵胞嚢胞や黄体嚢胞のような単純なものでしたら数ヶ月のあいだで退縮するはずです。このような嚢胞が繰り返してよくおこるようでしたら避妊ピルで再発を抑えることもできます。もし自然に萎縮せず、痛みが続くようでしたら嚢胞を切除することもあります。
類皮嚢胞の場合は小さくなることはなく、徐々に大きくなる可能性もあり、中には悪性のものもあるので、摘出することが薦められます。大きさにもよりますが、ほとんどのものは腹腔鏡下で摘出できるはずです。
類内膜嚢胞の場合は、やはり症状がごく軽ければ経過観察だけですむかもしれません。生理痛がひどかったり月経過多の場合は投薬治療で痛みを抑えたり、ホルモン薬で病気の進行を抑えることも可能ですが、根治はできません。このような嚢胞が直径3cm以上の場合は投薬療法で症状を抑えることは難しいようです。あまりにも大きかったり、合併症をおこしていれば外科治療が必要です。やはり、ほとんどの場合は腹腔鏡下で行えます。卵巣の病変部を摘出し、骨盤内に内膜症の沈着が見られたら電気メスでできるだけ取り除き、癒着もおこっていれば癒着剥離も行います。
多嚢胞卵巣の場合、特に治療はありませんが、多嚢胞卵巣症候群で生理不順、不妊症、男性化症状などがおこっていればそれぞれに対処しなければなりません。
嚢胞の破裂、卵巣捻転、出血などがおこっている場合は緊急で開腹手術をしなければなりません。
閉経後で複雑な嚢胞があり、CA-125 などの腫瘍マーカーの数値が高く、癌の疑いが高ければ手術で摘出することが薦められます。

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