鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice


痛みには体にキズがおこったときに末梢神経に痛みの信号がおこる侵害受容性痛(nociceptive pain)と神経そのものに損傷が
あったり機能異常がおこったときにおこる神経障害性疼痛(neuropathic pain)とあります。
侵害受容性痛は体のキズが治れば末梢神経の痛みの信号もなくなり、痛みは治まります。しかし、神経障害性疼痛の場合、
神経そのものに問題があるので痛みがなかなか治まりません。全人口の約8%におこっています。これまでは投薬治療が主な治療法でしたが、あまり効果的ではなく、副作用の問題も無視できない課題でした。
最近、いくつかの神経調節(Neuromodulation)の治療法が開発され、特に脊髄刺激療法が注目を集めています。

脊髄刺激療法のメカニズム
脳神経の働きは非常に複雑で、この療法の細かいメカニズムはまだはっきりとわかっていません。右図は脊髄の断面図です。
皮膚や骨、内臓にキズや炎症がおこれば求心神経を通して脊髄に伝わり、その信号が脳に痛みやかゆみとして伝わります。この一連の反応は脊髄の後部、脊髄後柱(Dorasl column)という部分でおこっています。
筋肉の動きなどをコントロールするのは脳からの信号が前柱(Ventral column)を通して遠心神経を経て筋肉に伝わっています。
ごく簡単に言えば、脊髄刺激療法は脊髄後柱のあたりに電極を設置して微弱な電流を流し、脳へ伝わる痛みの信号をマスクする方法です。治療用の電極(リード)は脊髄硬膜外腔という脊柱と脊髄を包んでいる膜のあいだに留置します。このリードは脊髄に直接ふれることはなく、脊髄がキズつくことはありません。必要があれば安全に取り除くこともできます。この微弱電流はバッテリーが内蔵されている刺激発生装置から発生します。

脊髄刺激療法に適応する疾患
従来の方法で治療困難だったあらゆる神経性の慢性の痛みに効果があらわれているようです。治療の成功率は患者さんの約70%に痛みが約50%は減少するという結果がでています(対象疾患にもよる)。
*脊髄手術後の神経障害性疼痛(Failed back surgery syndrome)
*複合性局所疼痛症候群(Complex regional pain syndrome)
*神経根性疼痛
*帯状疱疹後神経痛
*糖尿病性神経痛
*末梢神経の損傷による痛み
*肋間神経痛
*四肢切断後の幻肢痛(Phantom pain)
*難治性の狭心症

脊髄刺激療法が禁忌の場合:
*感染症
*血液凝固障害
*精神病
*脊柱管狭窄
*薬物乱用者

治療流れ
#まず問診、診察、そして必要な検査をし、脊髄刺激療法が適切であるかを判断します。精神鑑定が必要となることもあり
ます。
#トライアル
治療に進むことが決断されたら1-2週間ほどのトライアルをします。局部麻酔で背中に針を穿刺し、電極(リード)を挿入します。この電極には体外に設置できる刺激装置をつなげます。この期間中、痛みに対しての効果を見ます。また、刺激装置は耐水性ではありませんので、シャワー、入浴、水泳などはできません。体を強く前屈したり、重いものを持ったり、腕を頭より高くあげたり、急に体を捻ったりすると電極が動いてしまうリスクがあります。

#刺激装置の植込み
トライアルで納得できる鎮痛効果が達成できれば今度は長期間にわたって入れておくリードを挿入し、これを臀部、または腹部の皮下に植え込む刺激装置につなげます。また、患者用のリモートコントローラーがあり、患者さんが刺激の調整をできるようになっています。状況によって刺激を止めることもできます。なお、刺激装置には充電式のものと非充電式のものがあります。充電式のものは2-5年に一回交換しなければなりません。充電式の場合は10-15年はもちます。

治療効果
今のところ脊髄刺激療法で痛みを100%なくすことはできません。しかし、痛みを和らげることによって日常生活(Activities of daily living, ADL)や生活の質(Quality of life, QOL)を向上させることはできます。これまで服用してきた鎮痛剤も減量することができるかもしれません。

副作用
*手術の合併症として感染や皮下出血などがあります。また、脊髄や神経の損傷がおこることもありますがごく稀です。
*非意図的な硬膜穿刺による髄液の漏れや硬膜外血腫なども稀で、治療士の経験によって左右されます。
*リードの位置ずれやリード線の断線が最もおこりやすい副作用です。リードが設置された位置、例えば頚部などは動きが頻繁
なのでずれやすいこともあります。また、リードの種類によっても多少この副作用がおこる頻度も違うようです。場合によっては
再手術をしてリード線を交換したりする必要もでてきます。

脊髄刺激療法の注意点
*リードの位置ずれを防ぐためには2-3ヶ月は体を強く前屈したり、重いものを持ったり、腕を頭より高く あげたり、急に体を捻ったりすることは避けるべきです。徐々に運動量を増やしていくことが大切です。皮膚の傷が完治していれば水泳なども可能です。
*機種によってはMRI検査が受けられないこともあります。レントゲン医師に正確に機種を伝えることが大事です。レントゲン、CTスキャン、超音波検査、PETスキャンなどは問題ありません。
*空港など、金属探知機があるところではあらかじめ刺激装置が装着されていることを伝える必要があります。
*自動車の運転中は刺激装置を止める必要があります。過剰な刺激がおこった場合、運転機能に影響を及ぼすかもしれません。
最近の機種ではこのような制限はありません。

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