情報提供:アドバンテージ・パートナーシップ法律事務所-公証役場
主席弁護士・公証人 堀江純一(茨城県弁護士会所属外国法事務弁護士)


正義と秩序(その90)

Enterprise Agreement(EA:企業労使契約)の変更と配置転換並びに解雇の判例

Tham, Francis v Coles Group Supply Chain Pty Ltd (2007/6071)

事件

2000年6月にタムさんは大手スーパーであるコールズに倉庫係り員として入社致しました。入社して5年目の2005年3月に、タムさんはトラック・トレーラーのローラー・シヤッターを開ける際に怪我をしました。

2週間後に職場復帰をしましたが、完治していない為、その年の7月までパート・タイムとして働きました。その後正社員として復帰したものの、怪我で背中を痛めた為以前通りの仕事は出来ませんでした。

コールズは2002年にTaras Avenue Distribution Enterprise Agreement 2002 (2002 EBA)を結びました。このEAではタムさんの御仕事はホークリフトの運転手でした。但し、彼の役職には運転以外にも物を上げ下げする肉体労働も含まれておりました。

2005年の労災後には、後遺症の為タムさんの御仕事は多少変更されましたが、主にホークリフトの運転である事には変わりは有りませんでした。

2005年11月に新しいEAが、以前のEA取って代わり施行されました。当然、タムさんのコールズとの労使契約も変わりました。以前は細分化されていた倉庫係り員の役職が、新しいEAではTeam MemberとTeam Leaderの2つに統合されました。

タムさんはTeam Memberに役職が変わりました。2007年になり、コールズの幹部がタムさんと会議をしました。幹部はTeam Memberとして職務を果たす能力がタムさんには無いと判断致しました。

タムさんに解雇しなくて良い理由が有れば、其れを提示する様コールズ側は彼に求めました。タムさんは配置転換を求めました。しかし、コールズ側は配置転換出来る様な役職は無いとの回答を致しました。

それから1ヶ月コールズはタムさんを解雇致しました。

考慮すべき点

1.解雇出来る正当な理由があるのか?
2.解雇の理由は告げられたのか?
3.反論の機会は与えられたのか?
4.勤務評価は如何だったのか?
5.タムさんの障害がどの程度職務内容に影響を与えたのか?
6.雇用主であるコールズは、非雇用主であるタムさんの職務内容を変更出来な かったのか?

結審

コールズの対応は正当であると看做されました。長い間仕事が出来ないタムさんの面倒を見てきた事が評価されました。また、解雇に伴うプロセスも正当であると看做されました。しかしながら、仕事が出来ないタムさんの雇用を長期的に続けるは、大企業とは言え不可能であるとの判例です。

 

正義と秩序(その91)

事務所の移転は雇用契約不履行になるのか?

判例:Han Jian Lu v NHP Electrical Engineering Products Pty Ltd 2004

事件

NHP Electrical Engineering Products社(NHP社)はヴィクトリア州のリッチモンドに有りましたが、其処から28km離れたラバトンに引っ越すことになりました。そこで働いておりましたHan(ハン)さんは退職する際に解雇金の支払いを会社に求めました。

考察

仕事が無くなるのではなく、仕事が自宅から遠くなる事は解雇と看做されるのか?
シドニーからメルボルンに会社を引越し場合は社員に解雇金を支払う必要が有るのか?
ブラック・タウンからノース・ライドの場合はどうなのか?

結審

1.リッチモンドからの工場の引越しは雇用契約不履行である。
2.雇用主には仕事と家庭が両立出来る様、被雇用主を援助する義務がある。
3.さもないと雇用主は家庭を破壊させた事になります。
4.被雇用主には病の母親がおり、28km離れたラバトンへの通勤は不可能である。従い、リッチモンドの仕事は無くなった。
5.解雇金の支払いを命じる。

学習

1.雇用契約書に雇用主が非雇用主の役職を移転させる権利が有る事を明記しない限りNHPの判例が適応されます。

2.NHPの判決の特記すべき点は、会社全体が移転する場合でも、退職して行く社員の解雇金を支払う義務が有るか否かは、社員の置かれている家庭環境に拠るとの判決でした。

3.雇用契約書に明記されていない限り、シドニーからメルボルンに会社が移転する場合は、非雇用主自身又は家族の生活に大きな影響を与える為、解雇金を支払う必要が有ります。

4.ブラック・タウンからノース・ライドは26kmの距離になる為、非雇用主自身又はその家族の置かれて状況によります。

 

正義と秩序(その92)

組織改革に伴う指名解雇と新規採用の職務内容

Mcilwraith vs Toowong

Mitsubishi Pty Ltd(2012)FWA

事件

ブリスベン郊外にある三菱自動車の小売店は業務拡張に伴い経理部長(Financial Controller)の役職を無くす事を決定致しました。
そして、新しい役職であるDealership Accountantを設けました。この役職には会計士の資格が必要でした。小売店に税法や会社法の知識を持つ人材が必要になったからです。財務表を分析、解釈し収入を伸ばし、経費を節減出来る様小売店の社長に助言出来る能力が必要になりました。

指名解雇(Redundancy)された経理部長は小売店を訴えました。
正当な指名解雇では無いと云うのが彼の訴状でした。何故ならば、経理の仕事を誰かがしなければならなかったからです。

小売店は反論致しました。Dealership Accountantが経理部長の仕事をする。但し、追加として戦略的経理助言や財務表の分析助言が含まれる。それ以外にも、売掛金回収やサブ・リースの管理が含まれると反論致しました。

経理部長は反発致しました。彼の役職にも売掛金回収やサブ・リースの管理が含まれると反論致しました。

小売店は再反論致しました。この新しい役職には会計士の資格が必要であると反論しました。しかし、Dealership Accountantの求人広告にはそれが明記されておりませんでした。

経理部長は再反論致しました。広告に出されたDealership Accountantと経理部長の役職は同一で有ると反論しました。又この新しい役職の職務内容は採用が決定してから小売店が其れに併せ作成したと抗議しました。

指名解雇された日から遡り10ヶ月前から小売店は組織改革を検討しておりました。しかし、経理部長の配置転換や退職プランについては議論されませんでした。
また、会計士が必要でるとの議論も有りませんでした。再教育の機会も与えられずに67歳の誕生日に前に解雇されました。

判決

経理部長の仕事はDealership Accountantに引き継がれた。
業務縮小も認められなかった。
逆に、事務職は増員された。

また、経理部長の職務が他の職員に分割され引き継がれた事実は無い。
従い、Fair Work Act 389(1)に規程された指名解雇とは看做されない。

学習

Ulan Coal Mines vs Henry Jon Howarth & Ors(2010)での判決では職務内容をアップ・グレードする事により38名分の指名解雇が許されました。
Ulan Coalの事例では従業員数の縮小、アウト・ソウシング及び従業員の質の向上が有りました。

三菱自動車小売店の事例では従業員の質の向上は有りましたが、従業員数の縮小並びにアウト・ソウシングは有りませんでした。また、S389(1)に規程された従業員との懇談が有りませんでした。

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