歳をとってくると、後世になにか残せないかと考える。すでに功成り名を遂げた方々は、焦ることはないのだろうが。私のように、ただ歳だけ取ってしまった者は、死ぬまでになにか自分が生きた証を残したいと思うだろう。この欲求を満たすために、よくやるのが自叙伝や小説、エッセイを書くことである。そして、できれば自分が書いたものを多くの人達に読んでほしいと思うのだ。
文才のある人たちは、懸賞小説に投稿するという方法がある。ところが、そうは簡単に入賞できない。特に退職した六十代、七十代の人たちは、時間的に余裕があり、たくさん書いて投稿できるが、その中で入賞して出版まで漕ぎつけることができるのは、ほんの一握りの人たちである。
以前、プロの編集者だった方に、私の書いた小説を読んでもらったことがある。この方は、私より歳上の方だったが、小説の内容に興味を示してくれた。ただ、出版となると難しいと言われた。理由は、書いている内容と読者層が乖離していること。その方によると日本人で小説を読んでいるほとんどが女性であるとのこと。多くの女性が読むような内容でないと、商業出版は成り立たないとのお話しだった。
知人からその方が自費出版した自叙伝をもらったことがある。そこにはその方が生きた歴史が書かれ、子孫や彼を知る人たちに対する熱いメッセージが込められていた。ただ、その方を知らない人にとっては、失礼だが、あまりピンとこない内容であり、一般受けするものではなかった。
かつて、自費出版というのは、金持ちの道楽であった。自叙伝や小説を書いて出版社に持ち込み、費用を払って出版してもらう。最低部数というのがあり、およそ二、三百冊。費用は二百万円とか三百万円というものだ。ほとんどの自費出版による自叙伝は、書店に並べられても売れることはない。結局、作者が何百冊と在庫を抱えて、親戚、友人に無料で進呈することになるのだ。
以上のような理由で、私も出版を諦めていたのであるが。最近ちょっと出版事情が変わってきたようだ。ITの発達によって、電子書籍というのが出てきた。有名な電子書籍にアマゾンのキンドル(Kindle)がある。キンドル書籍は、紙を媒体とせず、PCやタブレット端末、スマホ、専用のキンドル端末を使用して本を読むことができる。電子書籍は、単に本を機械で読むことができるだけでなく、端末によっては、インターネットを使って語句を調べたり、翻訳したり、中には文字を音読してくれるのもあるらしい。目が不自由だったり、目がすぐに疲れたりする方にはとてもよいお知らせだ。ただし、朗読とは違い「初音ミク」のような機械音なので慣れるまで時間がかかるようだ。
IT技術の進歩は、電子書籍だけでなく、オンデマンド印刷という、紙の本を一冊から出版できるサービスを提供できるようになった。「NextPublishing POD出版サービス」という日本の出版社は、一冊から製本、印刷してくれる。出版したい本の本文、表紙、裏表紙、背表紙を自分で、パソコンなどを使って作成すると、初期費用なしに出版できる。ただし本のページ数に応じて、売り上げから印刷費、販売手数料が取られ、例えば定価を二千円に設定しても、販売後の著者への報酬は、一割の二百円くらいというのが普通だ。それでも、いままで初期費用が二、三百万円掛かっていたことを考えると、元手なしに自費出版できるチャンスである。本の購入方法は、書店では取り扱われないので、主にアマゾン日本のサイトからネット購入することになる。
恥ずかしながら私も二冊の本をこの方法で丁度出版したところだ。しかし、自分の出版した本を手に取るというのは何とも格別で、とても感慨深いものだ。