鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice


クッシング症候群とは血中コルチゾール(ステロイドホルモン)濃度が慢性的に上昇することによっておこるあらゆる症状をいいます。体内のコルチゾールは右図のように副腎から分泌されます。この分泌量の調整は視床下部−下垂体−副腎系のシステムでコントロールされています。視床下部からのCRH(コルチコトロピン放出ホルモン)が下垂体を刺激し、順に下垂体がACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を分泌して副腎を刺激し、そこからコルチゾールが放出されます。コルチゾールの分泌量には日内リズムがあり、昼間の行動が始まる朝にピーク値が達成されます。

コルチゾールとは

副腎から分泌されるホルモンの一種で、体内のほとんどの細胞にはコルチゾールの受容体があります。よってこのホルモンの働きは広範囲で、肝臓、腎臓、筋肉、皮膚、骨、性機能などに影響します。

*肝臓 - 肝臓からの糖の産出量を上昇させるとともにインスリン抵抗性を誘発するために血糖値が上がり、糖尿病を引き起こす。
*腎臓 - アルドステロンというホルモン(尿細管のナトリウムの再吸収を上昇させ、血管内液の体積を拡張させる効果により、血圧を上昇させる)の効果を促進させることによって高血圧を起こす。
*筋肉 - 組織の異化作用を促進するため、筋萎縮をおこします。皮膚にも同じ作用があり、皮膚は薄く萎縮し、紫斑ができやすくなり、骨に関しては骨芽細胞(骨を形成する細胞)の働きを抑制するので骨粗鬆症にもつながります。
*性機能- ACTHが慢性的に多すぎるとコルチゾール以外のホルモンを副腎から分泌し、男性ホルモン過多の現象をおこします。女性では月経不順がおこり、にきびや男性型多毛症をおこします。また、男性の場合、陰萎がおこることもあります。
*免疫 - 免疫力の低下により、感染症がおこりやすくなったり、傷の治りが悪くなったりします。

クッシング症候群の原因
クッシング症候群は大きく分類してACTH依存性のものとACTH非依存性のものがあります。
*ACTH 依存性クッシング症候群

  • 下垂体からのACTHの過剰分泌(クッシング病)ー下垂体腺腫(Pituitary adenoma)という良性の腫瘍がACTHを分泌することによるコルチゾールの上昇がおこる。良性でも大きくなると下垂体の近くに位置する視神経交叉に圧迫がかかり、視覚に異常がおこることもあります。クッシング症候群をおこす原因の70%はクッシング病によるものです。女性:男性比は8:1です。20-30歳代が発症のピーク年齢層です。小児でおこる場合は女性:男性比は1:2になります。
  • 異所性ACTH腫瘍 ー 下垂体ではなく、他の臓器におこる腫瘍からACTHが分泌されるもの。肺におこることが一番多く、膵臓、甲状腺、胸腺などにもおこることがあります。

*ACTH非依存性クッシング症候群

  • 副腎腫瘍 ー 副腎自体に腫瘍ができ、そこからコルチゾールが分泌されるもの。副腎腫瘍はほとんど良性ですが、悪性のものもあります。
  • 副腎皮質ホルモンの治療的投与 ー ぜんそく、リューマチ性関節炎、紅斑性狼瘡などの病気の治療のため、副腎皮質ホルモンを長期間服用しているとクッシング症候群の症状をおこすことがあります。

クッシング症候群の症状
いくつかの症状は他の疾患でも見られるものがあります。
*よくおこる症状
肥満(特に体幹肥満)
#浮腫んだ赤ら顔
性欲減退
生理不順
頚部背側の脂肪沈着
陰萎
多毛症
高血圧
#できやすいあざ
不眠症
倦怠感

ブドウ糖不耐性(糖尿)

*より頻度の少ない症状
心電図異常
動脈硬化
#紫紅色の皮膚線条(下腹部、臀部)
浮腫
#近位筋の筋力低下
骨減少、骨粗鬆症
頭痛
にきび
抵抗力低下(感染症がおこりやすい)
毛髪菲薄化
短期記憶の障害

#クッシング病に比較的特有な症状 - 小児では成長遅滞(身長)が特徴的

クッシング症候群の診断
症状からクッシング症候群が疑われる場合はホルモン検査や画像検査が必要です。
*24時間尿中遊離コルチゾール測定(Urinary free cortiso, UFC)
この数値がかなり顕著に上昇している場合(正常上限の4倍以上)はクッシング症候群の診断は確実ですが、UFCが少し上がっている場合は肥満、抑うつ、多嚢胞卵巣でも見られます。いずれにしろ、次のステップが必要です。
*デキサメタゾン抑制試験
比較的低用量(1〜2mg)のデキサメタゾン(人工副腎皮質ホルモン)を真夜中(午前0時)に投与して翌朝9時に血清コルチゾールのレベルを測る検査です。健常者でしたら視床下部−下垂体−副腎系のシステムの負のフイードバックによりコルチゾールの分泌が抑えられているはず です。クッシング症候群の場合はそのフイードバックが働かなく、血清コルチゾールのレベルは抑えられず、高値となります。
*深夜の唾液コルチゾールの測定
正常ではコルチゾールは朝に高くなり、日中に徐々に減少していき、深夜には一番低い数値になります。クッシング症候群ではこの日内リズムが見られず、午前0時のコルチゾール値は正常範囲よりも高くなります。患者さんを入院させて血清コルチゾールを測るかわりに唾液検体を家庭で午前0時に摂り、翌日唾液のコルチゾール濃度を検査機関で測るという方法です。
*血清ACTH測定
下垂体からのACTH過剰分泌(クッシング病)の場合はACTHレベルは正常か上昇気味です。異所性ACTH腫瘍の場合は常に血清ACTHレベルは高値を示します。
*両側錐体静脈洞試料採取(Bilateral petrosal sinus sampling)
両側の下垂体から出ている錐体静脈にカテーテルを挿入し、この静脈のACTH値を測定することによってクッシング病か異所性ACTH腫瘍かの区別ができます。異所性ACTH腫瘍の場合、下垂体からACTHが過剰分泌されていないので、この方法で鑑別できます。
*画像検査
上記の検査で下垂体の病因(クッシング病)が疑われる場合は脳のMRI検査をします。この場合、人口の約10%は非分泌性の下垂体腫瘍があります。異所性ACTH腫瘍が疑われる場合は胸部や腹部のCT検査あるいはMRI検査をします。

クッシング症候群の治療
*ACTH非依存性クッシング症候群
治療目的で副腎皮質ホルモンが投与されておこっている場合は病気がコントロールできる最小限に副腎皮質ホルモンの投与量を抑えます。また、副腎皮質ホルモン以外の薬を試してみることもあります。ACTHを分泌する副腎腫瘍の場合は手術で副腎を取り除きます。もし、腫瘍が両側の副腎に発生している場合は両側を切除しますが、その後一生副腎皮質ホルモンを摂り続けなければなりません。
*異所性ACTH腫瘍
できる限りこのような腫瘍は外科的に切除しますが、もし悪性の腫瘍の場合、化学療法や放射線療法が必要となることもあります。コルチゾールを抑制するような薬を投与することもあります。最終手段として副腎を切除しなければならないこともあります。
*下垂体腺腫(Pituitary adenoma)(クッシング病)
第一選択治療方は腺腫の外科的切除です。術後の再発率は11%です。ですから、長期のフォローアップが必要です。また、術後、すぐには視床下部−下垂体−副腎系システムが回復しないので、しばらくは副腎皮質ホルモンの補充が必要となります。術後に再発があったり手術が不適合な場合の第2選択肢として放射線治療があります。その他には下垂体腺腫からのACTH分泌を抑える薬や、副腎からのコルチゾールの生産を抑制する薬の投与が考慮されることもあります。もし、このようなあらゆる手段が功を奏しなかった場合、両側の副腎切除が考えられます。ただし、副腎からの下垂体への負のフイードバックがなくなったことで下垂体腺腫が急激に大きくなるという現象(ネルソン症候群)に注意しなければなりません。

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