鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice


胎児アルコールスペクトラム障害(Fetal alcohol spectrum disorder, FASD)とは妊娠中の母親が飲酒することによっておこる先天性の疾患で、軽度から重度と広範囲な症状が現れるのでスペクトラム障害という名称がついています。
主に知能障害、運動障害、発育不全などをおこします。特徴的な容貌が現れている場合もあります。妊婦のアルコール摂取量と摂取頻度によりこの障害がおこる確率とその障害の度合いはかわりますが、たとえ軽度の飲酒でもおこることもあります。現在、妊婦の安全な飲酒量はわかっていません。妊娠中に飲酒しなければ完全に予防できます。双生児の場合でも同じように母体からのアルコールの影響を受けていても片方だけが強い障害をおこすこともあり、アルコールの影響には個人差もあります。また、以前の妊娠中にアルコールを摂取してもその胎児に影響がなかったからといって次からの妊娠も大丈夫という保証もありません。

妊娠中の飲酒による胎児への影響

妊娠中にお酒を飲むと母体の血中にあるアルコールは直接胎盤を通して胎児に移ります。まだ胎児にはアルコールを処理する機能が発達していないので胎児の発達中の細胞に危害を加えてしまいます。また、アルコールは胎盤と胎児の間の血流を妨げることもあり、そのために赤ちゃんの発達中の臓器への酸素供給が減ってしまいます。
父親の飲酒に関しては胎児アルコール障害との関連はありませんが、お酒を飲んでいると妊娠率は低下します。また、アルコールは精子に損傷を与えるので、妊娠したとしても赤ちゃんの発育に何らかの影響を及ぼすことはあるかもしれません。
飲酒すると母乳にもアルコールは入ります。やはり乳幼児への悪影響を防ぐには授乳中もアルコールは避けるか最小限に抑えるべきです。
妊娠前の飲酒でも精子と卵子のDNAに損傷を来す可能性もあるので、理想としては妊娠を考えているカップルは妊娠前から飲酒を止めることが最適です。

FASDの発生に影響を及ぼす要因

*母親の飲酒パターン
アルコールの種類(ウイスキーやヴォッカなどの強い酒のほうが影響は大きい)、飲酒量、飲酒頻度 飲酒速度などでFASDをおこすリスクが異なりますが、安全な飲酒量は今のところ不明です。また、母親だけではなく、母親の両親が飲酒量が多い場合でもFASDのリスクは高まります。
*飲酒の時期
妊娠初期での飲酒が最もリスクが高く、脳を含めるあらゆる臓器の形成に影響を及ぼします。また、妊娠中期・後期の飲酒でも低体重をおこしたり、脳の中枢神経に影響を及ぼします。
*母親の年齢
高齢出産のほうがFASDのリスクは高まります。
*母親の体格、健康状態
母親がやせているとアルコールの処理能力も低いのでアルコールの影響は大きくなりがちです。また、貧血があったり喫煙していたりした場合、やはりアルコールの影響は高まります。
*母親の生活環境
ストレス、貧困、家庭内暴力などがあるとリスクは高まります。

FASDの診断

診断には3つの要素があれば最適です。
1)特殊な顔立ち
2)妊娠中の飲酒歴
3)10のうち最低3つの中枢神経系の領域のにおける重度の神経発達障害

顔立ち

  • 短い眼瞼列
  • 浅い人中
  • 薄い上唇

神経発達障害

  • 脳の構造欠陥
  • 運動能力障害
  • 認知障害
  • 言語障害
  • 学業不振
  • 記憶障害
  • 注意力欠陥
  • 実行機能障害(衝動制御障害、活動亢進を含む)
  • 感情制御障害
  • 適応障害、社会生活技能の欠落、コミューにケーション障害

早期診断(生まれてすぐ)ができれば最適ですが、乳児期での診断はよほど注意して見ないと難しいようです。4-6歳頃に初めて行動障害や認知障害などが現れてくることがよくある状況です。特徴的な顔立ちも顔の構造が成熟していくとともに徐々に薄れていき、思春期を過ぎると特徴が見分けにくくなります。 FASDの鑑別診断にはあらゆる神経発達障害をおこす疾患があり、数々の遺伝子疾患、出産前のアルコール以外の薬品の摂取、注意欠陥多動障害、強迫性障害、学習障害などの神経精神疾患などがあり、診断が困難なことも多くあります。
また、遺伝子疾患があり、しかも母親に妊娠中の飲酒歴があれば判断がなお難しくなります。診断に関しては医師だけではなく、心理学者、言語療法士、作業療法士、理学療法士、学校の教師などの専門チームが必要となります。

FASD のサポート

この障害を持っている人はあらゆる生活面においての2次的な影響に悩まされることがあります。アルコールや薬物乱用、精神疾患、職業取得困難、自立生活の困難、犯罪行為への関与など。また、その家族も介護人としてのサポートが必要となってきます。
なるべく早期に診断ができればFASDの専門サポートチームによる適切な関与を実行できるはずです。FASDの症状の現れ方には大きな個人差があるため、このようなチームで総合的な診断をしてその人にあったサポートを計画することが大切です。このためには医療従事者、医療関連専門家、教育機関、司法機関においてのこの障害に関しての理解が必要です。
オーストラリアではFASDのサポートに関する情報を提供している機関があります。nofasd.org.auのサイトでアクセスできます。このサイトには診断、サポート、よくある症状(例えば感情制御障害)の対処方に関するヒントなどの情報が網羅されています。

もし妊娠中に飲酒したら

FASDという疾患があるということに気づかずに妊娠中にお酒を飲んでしまった場合、なるべく心配をしないで、その時点から飲酒をやめるように気をつけてください。必ずしもお酒を飲んだからといって胎児に害を及ぼすわけではありません。飲酒量、飲酒頻度、アルコールの強度が高ければこの疾患がおこるリスクは高まりますが、全く胎児に影響がなかった場合もあります。現在、安全な飲酒量ははっきりとわかっていませんので、妊娠中は全く飲酒しないことが100%の予防になります。
ストレスや緊張をほぐすためにはヨガやピラテスなど、アルコール以外の方法で対処するようにしたり、アルコールを拒否するのが困難な会合などは避けるようにすることも大切です。

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