鳥居泰宏/ Northbridge Family Clinic
乳房か腋窩リンパ節だけに限られている乳癌は初期癌と診断されます。過去20年のあいだで乳癌の分類とそのタイプに適した治療法が研究されてきたことによって初期乳癌の死亡率は半減しています。手術による病巣の摘出と放射線治療や化学療法、それにホルモン療法などの補助療法の適切な組み合わせによって完治できる確率が高くなっています。
乳癌のタイプ
単純に乳癌といってもいくつかの型があることがわかってきています。ホルモンに敏感なタイプとそうでないタイプがあり、分子プロファイリングをすることによって5つの亜型に分けられます。その結果により、どの補助療法の組み合わせが適しているかを判断できます。乳癌の細胞についているレセプターにはoestrogen receptor(女性ホルモン受容体、ER),progesterone receptor(黄体ホルモン受容体PR), それに humanepidermal growth factor receptor 2(人間上皮成長因子受容体2,HER2)があります。この受容体が癌細胞にどの程度含まれているかによって分類されます。受容体の検査は免疫組織化学(特異抗原を組織中に証明する方法、immunohistochemistry)で調べます。現在、下記の5つのタイプが認識されています。
乳癌の手術
最近では初期の乳癌の場合、乳房の癌に侵されている部分だけをマージンを充分にとって摘出し、あとは補助療法で治療を進めることが一般的な方法となっています。乳房切除(癌のある乳房を全部摘出する方法)は癌がもっと進んでいたり、部分切除が困難だったり、患者さんの希望があったりしなければ初期癌では行われません。統計データでも、同じ程度の初期癌において部分切除と完全切除とでは生存率に変わりがないということがわかっています。
また、乳房切除を行った場合の乳房再建術も発達してきています。切除術と同時にすることも多くなってきていますが、補助療法(放射線治療、化学療法など)が終わってから後日乳房再建を好む人もいます。
腋窩(脇の下)の手術
センチネルリンパ節 (悪性腫瘍からのリンパ流を最初に受けとるリンパ節. センチネルリンパ節は腫瘍に注入された放射線核腫あるいは色素を最初に受けとるリンパ節として確認される. メラノーマや乳癌の手術により多く用いられるようになってきている。 もしセンチネルリンパ節に転移が認められない場合は, さらに遠隔のリンパ節にも転移は通常認められない)とリンパの流れのマッピングをする技術が向上し、センチネルリンパ節を的確に見つけ、手術中にそのリンパ節の生研を行い、もしこのリンパ節まで癌が広がっているようでしたら腋窩のすべてのリンパ節を摘出します。(この手段をcomplete axillary dissection と言います。)センチネルリンパ節が侵されていないとわかった場合はリンパ節を摘出する必要はありません。
最近の観察では、リンパ節への転移はこのセンチネルリンパ節だけに限られていることが多く、この場合、腋窩のすべてのリンパ節を摘出する必要はないのではないかと考えられています。
乳房再建術について
前記したように最近では乳房摘出と同時に乳房再建を行うことが多くなってきています。乳房再建術には二通りの方法あります。プロテーゼ(Prosthesis), 人工補填物いってシリコンを挿入する場合と自己由来の組織(腹部の脂肪や筋肉)を使って乳房を再建する方法です。皮膚は乳房摘出とともに取り除く場合と温存して再建に使われる場合があります。また、乳首と乳輪も残して使える場合もあります。人工補填物を使う場合は手術が比較的早く、入院期間も短縮できます。乳房が小さめであまり腹部に脂肪がない人に適しています。術後に組織が収縮し、再手術が必要となることもあります。腹部の脂肪を使った場合、自然の乳房の感触を保つことができます。大きめの乳房で、しかも腹部の脂肪が充分にある人に適しています。ただし、入院期間と手術時間が長めになります。
補助療法
放射線治療は主に局所再発の防止のため、化学療法は全身性の再発、または死亡率を低めるのが目的です。
*放射線治療 ー局部摘出後の放射線治療:乳房全摘と局部摘出プラス放射線治療を比較した場合、後者の方が癌の再発が少なく、死亡率も~16%減らせるようです。しかもどのタイプの乳癌でもこの放射線治療の効果は同等のようです。通常は週5日で5週間の治療で総合照射量が50Gyに達します。最近では毎回の照射量を少し高め、期間を短縮して約3週間で42.5Gyを照射する方法も考慮され、結果50Gyの方法とあまり変わらないようです。もう一つの最近の研究は乳房全体を照射するのではなく、癌を摘出した後の病床部だけを照射する方法ですが、まだデータを蓄積して結果を待っている状況です。
ー乳房全摘の後の放射線治療:4個以上の腋窩リンパ節に転移があるか、乳癌が直径5cm以上のものは乳房を全摘して放射線治療が行われます。
*ホルモン治療 ーこの治療法は乳癌がoestrogen receptor(女性ホルモン受容体、ER)かprogesterone receptor(黄体ホルモン受容体PR)を持っているタイプの癌にしか効果はありません。癌再発のリスクと死亡率を下げる効果があります。このホルモン治療は化学療法の効果を下げるかもしれませんので化学療法が終わってから行いますが、放射線治療と平行して行うことはできます。
Tamoxifen とAromatase inhibitor (アロマターゼ阻害薬ーエストロゲンの生成に関与する酵素であるアロマターゼを阻害する薬物)というタイプの薬が使われています。
Tamoxifen – 主に閉経前、あるいは周閉経期の患者さんに使われます。副作用は少なく、血栓症のリスク、顔面潮紅 (更年期の血管運動症状を意味する口語的表現. 熱感を伴った発作性の血管拡張で, 通常, 顔や頸, それに胸の上部に生じる)、それに子宮癌のリスク(5年以上Tamoxifenを服用した場合)などがあります。反面、骨密度を高める効果があるようです。死亡率を26%下げ、10年のあいだでの癌の再発率を47%下げることができます。
Aromatase inhibitor – 主に閉経後の患者さんに投与されます。副作用は筋肉や関節痛、顔面潮紅、膣の乾燥、それに骨密度の減少です。使用中はビタミンDとカルシウムを摂り、毎年骨密度の検査をしておくことが重要です。オーストラリアで使用されているaromatase inhibitor にはanastrozole,letrozole と exemestaneという薬があります。
*化学療法 ーこの治療法を使うかどうかは癌の種類や進行度など、複数の要素を考慮してから決められます。Epirubicin, doxorubicin, docetaxel, paclitaxel, cyclophosphamide, fluorouracil, methotrexateなどという薬が使われます。ほとんどの薬は静脈内滴注が必要で、4-6ヶ月にわたって治療します。吐き気、 好中球減少、脱毛などが副作用です。
Trastuzumab – この薬はHER2の受容体をブロックする抗体です。乳癌の約20%はHER2を持っているタイプで、予後はあまりよくありません。この薬と化学療法を併用すれば生存率を高めることができるようですが、心臓に毒性があり、投与中は定期的に心臓をモニターしなければなりません。
乳癌の早期発見
癌は発見が早ければ治療が成功し、完治する見込みが高まります。乳癌の早期発見には個人で毎月自己触診をし、変化があればなるべく早めに医師の診察を受けることが大切です。また、1年に1回は医師の触診も受けるようにしてください。オーストラリアでは50~70歳の女性は2年に1回無料でMammogramを受けることができます。(永住者、あるいは市民権があり、Medicare card保持者)ただし、mammogramだけに頼るのではなく、自己触診と医師での触診も大切です。