第111話:PCショップ様変わり
最近、デスクトップ・コンピュータをあまり見ない。昔はコンピュータ専門の小さなショップが街のあちらこちらにあり、自家製の組み立てたPCを売っており、客の希望によって、RAMを足したり、ハードディスクの容量を大きくしたりしてくれた。また故障したときもそのお店に持っていけば修理する技術者がいた。
最近は、そういう自家製デスクトップPCを売っている店が少なくなっただけでなく、デスクトップPCそのものが市場にあまり出回っていない。最近多くの人は、Harvey Norman、Dick Smith、Office Worksといった量販店に行き、ノートパソコンや最近流行のiPadに代表されるタブレット型PCを買う。デスクトップPCも置いている店が所々あるが、同じ性能で比較して、昔はデスクトップの方が安かったのに、今はノートPCの方が断然安い。ノートPCは大量生産のラインで効率よく作られるため手作業の多いデスクトップPCより安くなるのである。
また昔はいろんなインターフェース、たとえばプリンタを動かすのにパラレルインターフェース、モデムはシリアルインターフェース、ビデオカードは、AGP、PCI、PCI Expressと様々で、多くのインターフェースを持っており、さらにカードなどを追加できるデスクトップPCでないと不便なことが多かった。現在はほぼ、USB、RJ45(ネットワークケーブル用)、ワイアレスLANのインターフェースだけでことが足りるようになったので、ノートパソコンを買うことによってできないことがなくなった。
さらに最近は、スカイプなどでカメラ、マイク、スピーカーが必要とされることが多く、デスクトップPCでは、バラバラに買って組み立て、調整する必要があるのが、ノートPCでは初めから一体になっており、さらにPCを持ち運びができるということがあってデスクトップPCを使わない人たちが増えたのであろう。
でもノートPCにもデスクトップPCと比べてまだまだ、いろいろ不便なところがある。たとえば画面が小さい、キーボードが狭く打ちにくいなどであるが、画面に関してはほとんどのノートPCに外部モニター接続端子がついており、大画面でみることができる。キーボードにしても、USBやワイアレスのキーボードを別に買ってつければ、デスクトップPCと同じコンディションになる。
てなことで、ここオーストラリアでもコンピュータの販売は、日本のように大量仕入れ、格安の量販店にどんどん移り変わり、技術はあるが規模の小さなお店はどんどんつぶれているようである。コンピュータの初期のころにお店に通って店主といろいろ雑談した私にとってちょっと寂しい話である。
第110話:IT用語
ITを専門としていない一般の方々にとって、IT用語はなにやら訳のわからないものの代表であろう。IT用語はほとんどが新しく作られたものなので通常の辞書には載っておらず、IT用語辞書を引くしかない。そして今でも次々と新しい用語が生み出されている。
IT用語でわからないものがあったとき、正直に「何ですか?」と聞ける人と、聞けない人と、知ったかぶりをする人がいる。知ったかぶりをする人は、皮肉にもITを専門にしている人に多い。私がずっと使っていたIT用語が、後で間違いであることがわかったことがある。それも全然違う言葉だった。今までそれに関して注意されたことはなく、みんなどのように解釈していたのか不思議な気持ちである。
UAC、UCS、UDP、UFD、UFO、UPS、URL、USBなどなど辞書で調べるとUで始まる3文字略語だけでもたくさんあり、この中のいくつを御存じであろう(中にはIT用語でないものも洒落で1つ入っている)。この中には、一般に通用している用語も非常に特殊なものもごちゃ混ぜで入っている。IT業者の中にはわざと難しいIT用語を並べる人がいるが、どちらかというと経験の浅い人に多く、覚えたてのためにどの用語が一般的でどの用語が特殊なのか区別がつかないのであろう。また逆に言えばIT用語を並べたてて経験の浅いことが見破られないように知識武装しているのかも知れない。
私がこの仕事を始めた1980年代、ITという言葉すら聞いたことがなかった。ITという言葉は90年代になって初めて聞いた。同じくコンピュータという用語も、今のようなPCを指すのではなく、銀行などが使っている大型コンピュータを指し、PCの場合はパソコンとある意味で差別されて(つまりおもちゃの一種として)呼ばれていた。パソコンがコンピュータに格上げしたのは、皆がパソコンを使い始めた90年代である。Eメールも80年代からあったらしいが、広まったのはインターネットが一般化した90年代である。
ソフト、ハードという基本的な用語も初めはかなり混乱して使われていた。ソフトというのは、フロッピディスクそのものだと思っていた人もいた。笑い話だが、スーパーコンピュータはスーパーで売っているコンピュータだと思っていた主婦がいた。ソフトの種類が増えてくるとそれを束ねるグループ用語が出てきた。例えばエクセル、マルチプラン、ロータス123は、日本語で表計算、英語でSpread Sheetと呼ばれたが、「私はエクセルを習ったことがあるのですが、スプレッドシートは習ったことがないのでどうもわかりません」というような矛盾した話を聞いたことがある。
最近もソーシャルネット、スマートフォン、サイバー攻撃など新しい用語がどんどん生まれ、それがすでにあたりまえのような顔をしてニュースに収まっている。意味が解らないときは、IT用語辞書を引けばよいではないかと思われるだろうが、一般の方にとってその辞書に書いていることすら理解できない場合が多く、1つ2つなら恥ずかしさをこらえて人に聞くことができるが、なにからなにまで聞くことはできず、自分がバカと言われるのを恐れて知ったかぶりをしてしまう人もいるように思われる。
第109話:ITのむなしさ
会社を定年退職した人の中には、自分の人生を振り返って「いったい自分は何をしてきたのだろう」とむなしさを感じる人がいるという。また退職者に限らず、大学受験を終えた学生が、その受験競争の激しさですでに燃え尽きてしまい、五月病と言うのだろうか、その後の目的を失い本分である勉強に身が入らなくなってしまうことがある。そして、ITをやっているものにもそれがある。
「ITとはいったい何か?」とあらためて問うてみる。まずコンピュータの発達によって、計算が速くなったというメリットがある。円周率の計算など、手計算では到底できない細かい計算が一瞬でできるようになった。またコンピュータをネットワーク化することで、銀行などのATMが可能になり、ものを一元管理することもできるようになった。インターネットの発達で調べものが楽になり、世界中の人たちがネットで結ばれた。このようにITは世の中をとても便利にし、今やコンピュータなしの仕事は考えられない。
では、ITができる人は世の中で尊敬されているかというと、必ずしもそうではない。ITオタクというのを聞いたことがあると思うが、ITが得意な人はどちらかというと変人が多く、プログラミングなどの技術は優れているが、人付き合いが下手で、暗い部屋の隅で一日中誰とも喋らないでパソコン相手ににやにやしているという印象がある。
自分のことを振り返ると、私が最初に就職したのは貿易商社で、今とは全く逆で、一年中動き回り、海外にも何度も行った。その後プログラマーになったのであるが、プログラマーになってからは真逆の生活になった。そして不思議なことに、昔は人と会うことが好きであったのに、次第におっくうになってきた。口数も少なくなり、家族や友達と一緒にいるよりコンピュータといるほうが楽になってしまった。家内に言わすと私はコンピュータと結婚したのだそうだ。
だが歳を取ってくると、どうしても「このままでよいのか?」という気持ちが高まってくる。ITによって計算が速くなり、コミュニケーションが広がり、便利になったが、なにか足らないものがある。ITは詰まる所、世の中にある仕組みを、速くして、結びつけて、今まで1年かかった作業を1秒でやってしまうためにある。しかし人はそれだけでは満足できない。例えば人生について深く思う時、いつかは死なねばならぬ自分を思う時、愛とか友情を思う時、「ITは役にたたないなあ」とほとほと溜息をついてしまう。
今は亡きアップル社創始者のスティーブ・ジョブズが若いころインドでピッピー生活をしたり、その後も日本の禅に興味を持ったりしたのも、ITをやればやるほど、そこに大きく欠けたものがあり、それを充足する必要があったのであろう。人は一心腐乱に物事に集中しているときには気付かないが、ふと立ち止まり、今まで歩んできた道を振り返ったときに急にむなしくなったり、さびしくなったりすることがある。変な言い方だが将来ITがそのような精神的な分野まで入ってくれば、少しは自分のやってきたことにむなしさを感じずにすむかもしれない。
第108話:新幹線でインターネット
年末とお正月にかけて日本に休暇で帰った。新幹線でインターネットが使えるということを小耳にはさんでいたので早速試してみた。今回私は、iPhone4とWindows7の入ったノートブックを持って行った。基本的なこととして、新幹線でインターネットが使えるというのは、無線LAN経由のみで、ネットワークケーブルは使用できない。またこの無線LANサービスが利用できるのは、N700系新幹線と呼ばれる最新式の車両に限られて、地域も東海道、山陽の一部に限られているようである。またN700系の新幹線は特に座席に電源がついていて(グリーン車の座席すべて、普通車は窓側)ノートPCやiPadなどのバッテリー切れを心配しなくて済むようになっている。
無線LANのスイッチをONにして接続できるネットワークを探すと、NTT DOCOMO、Softbankなど日本の大手プロバイダの名前が出てくる。ところがそれらを選んでもインターネットの接続ができない。どうしてだめなんだろうと思いながらいろいろ試したがうまくいかなかった。後でわかったことであるが、これらのプロバイダと契約する必要があるようで、つまりただで誰にでも使わせてくれるネットではないことがわかった。日本に住んでいる人たちは、これらのどれかのプロバイダに既に加入している場合が多く、その場合は無線LAN用に別に契約せずとも新幹線用のIDを使って使用できる場合が多い。私のように海外から来て、どの日本のプロバイダにも契約がない場合はあらためて契約する必要があるらしい。
後日日本のコンピュータ・ショップに行ったとき新幹線内、空港内にある無線LANなど決まった公共の場所だけで使用できるプリペイドカードを売っていた。確か1カ月で380円だったと思う。また新幹線の中からでも、プロバイダのホームページだけはアクセスすることができ、クレジットカードで契約することができることがわかった。ただこの無線LANは、全国津々浦々をカバーするワイアレスブロードバンド(通常毎月の料金が4000円くらい)とは異なり、安い分利用できる場所が新幹線N700系、空港、マクドナルドくらいと、かなり限られている。
話は変わるが、iPhoneにスカイプをインストールすると、無線LANを使って安く国際電話がかけることができるのを御存じだろうか。ただ新幹線に限らず日本のほとんどの列車車内は携帯電話の通話禁止で、つまり電話の声が他の人の迷惑になるという理由で、電話をかけたい場合はデッキに行ってかけるようにアナウンスしている。しかし、インターネットの使用はそれに限らず、スマートフォンを使って座席でメールのやり取りをするのは構わない。若い人たちは、電話の代わりにインターネットのチャット機能を使って親指で素早くメッセージを打ち込んで、テキストで会話を楽しんでいるようだ。
第107話:ワースト・パスワード・ランキング
1. password
2. 123456
3. 12345678
4. qwerty
5. abc123
6. monkey
7. 1234567
8. letmein
9. trustno1
10. dragon
11. baseball
12. 111111
13. iloveyou
14. master
15. sunshine
16. ashley
17. bailey
18. passwOrd
19. shadow
20. 123123
21. 654321
22. superman
23. qazwsx
24. michael
25. football
米国のスプラッシュデータ社が、2011年にハッカーによって盗まれたパスワードのワーストランキングを発表した。左のリスト参照。
第1位の不名誉なバスワードは、”password” これはたとえば、Netgearのモデム・ルーターのデフォルト・パスワードでもあり、多くのソフトが変更前のデフォルト・パスワードとしてもよく使っている。メーカから言わせれば、これは買ったときに付いてくるだけで、すぐにパスワード変更して使用するべきものであるが、多くの人たちが、面倒くさがりそのまま使っている。
第2並びに第3位の”123456”と”12345678”はパスワードミニマム6桁、もしくは8桁という制限があった時、最も人が思いつきやすいものである。
第4位の”qwerty”は何かお解りだろうか?正解は、キーボードの上段を左から順番に打ったらそうなるというものである。同じような仕組みのものとして、第23位の”qazwsx”があり、これを説明する必要もないであろう。
さて、第6位の”monkey”であるが、今のところどうして”monkey”がこんなに上位に来ているのか分らない。息子に聞いたら「I don’t know」と言い、ウェブで調べても6桁で覚えやすいからとか、キーボードで打ち易いとかあるが、もう一つ釈然としない。この統計は米国中心なので、日本人が思いもよらないものが上位になったりしている。どなたかご存知ないか?
第8位の”letmein”は、”Let me in”つまり、入れてちょうだい。もっと飛躍すると、アラビアンナイトの「開けゴマ」に通じる呪文である。
あとよくあるのが、スターの名前、野球やサッカーチームの名前で、日本だけで統計を取ればGiants、Tigersなども上位に来ると思われる。言っておくが、これらは決して使ってはいけないパスワードの例なのでお忘れなく。
第106話:サイバー攻撃のたとえ話
家に例えてみる。家のドアや窓など泥棒が侵入できるところを ポート(Port) と呼ぶ。窓、つまりポート一つ一つに識別番号が付けられている。よく80とか8080とかという数字を見るがそれがポートの識別番号である。通常は窓が開きっぱなしになっているのではなく、窓は閉められ、さらに錠前がかかっていて外から勝手に開かないようになっている。これを ファイアウォール(Firewall) と呼ぶ。
しかしドアは外へ出たり中へ入ったりする時に開ける必要があり、窓は空気を入れ替えるために時々開ける必要があり、ずっと閉めっぱなしにする訳にはいかない。ここに不審者が侵入する隙がある。
通常のドアや窓の開け閉めは、家の人たちが管理しているが、窓によって鍵がきっちりかかっていなかったり、壊れていたりする。これを ポートの脆弱性(ぜいじゃくせい)とかセキュリティー・ホールと呼ぶ。最近のパソコンでは、壊れている錠前があれば、すぐにそれを直すプログラムをインターネットで配って自動的に修正するようにしている。このプログラムを セキュリティー・パッチ(Patch) と言う。
家のドアからも窓からも侵入できない場合、悪い人たちは、今度は手紙(メール)を住人に送り、「重要なお知らせですから必ずお読みください」などと住人を騙して、手紙の封を開封させる。封筒の中には実は、特殊な盗聴器や、家の様子を探る超小型ビデオカメラのようなものが入っており、封をあけると同時に、勝手に飛び散って家の天井などにくっついて家の様子を外部から通信して見られるようになる。また外部からの通信で住所録や電話番号帳を見つけて盗むことができる。この相手を騙して家に潜り込んで、その後大暴れするやり方が古代ギリシャのトロイ戦争に出てくる「トロイの木馬」に似ているので、この悪意のプログラムを 「トロイの木馬」 と呼んでいる。防衛産業や衆議院議員会館のサーバー攻撃に使われたのはこの型である。また、今回のサーバー攻撃でメールは不特定多数に送られたのではなく、明らかに防衛産業や衆議院議員を狙って送られたもので、このような攻撃方法を標的型という。
家には、泥棒が侵入しようとしたら警告したり、侵入を止めたり、侵入者を退治するシステム、(アンチウィルスソフト) があるが、泥棒も年々賢くなっており、侵入の手口が巧妙になってきている。特にユーザーが騙されてメールを開けるものに関しては、アンチウィルスソフトをすり抜けるものもあり、アンチウィルスソフトが入っていて、安全マークが表示されているのに実はウィルスに侵されていることがしばしばある。インターネットは性悪説だと思ったようがよい。くれぐれも怪しいメールを開けないように。
第105話 セキュリティー・カメラ奮戦記
前回、98歳で体の不自由な母親のためにセキュリティー・カメラの設置を考えていると書いたが、あれから悪戦苦闘の末、なんとかインストールできた。今回はその奮戦記である。
まず、一番の目的は母親を外出先からiPhoneでチェックしたいということであった。世の中にセキュリティー・カメラはいろいろあるが、iPhoneを使って画像を見られるものが少なく、結局Dick Smithで売っていたSwann社のカメラ4台付きセットを約千ドル出して購入した。母親一人のためにカメラが4台必要というわけではなく、この際、家の玄関や裏も監視してみようと思ったからだ。
このカメラ、ハイレゾルーションで、カメラに赤外線ライトがついていて、夜間も画像が鮮明に映る優れものだ。だが、買ってからわかったことであるが、LANにつなぐネットワーク・カメラ、もしくはワイアレス・カメラとして使用するのかと思っていたら大間違いで、通常のビデオやオーディオで使用されるコードを使う仕組みになっていた。つまりこのカメラは、コンピュータの仲間ではなく、テレビやビデオデッキの仲間だったのだ。調べないで買ってしまったことを後悔した。この方式だとカメラ一台一台からコードをメインボックスまで引き込む必要があり、家の天井や屋根を伝ってコードを通し、内壁に入り、部屋の壁に穴を開けてコードを部屋の中に引き入れる必要があった。この作業は素人ではとても無理で、専門の配線業者にしてもらった。これでさらに千ドル。

でも肝心のiPhone対応というのはどういうことなのか?メインのボックスにLANケーブル用のポートがあり、そこにネットワーク・ケーブルを差し込むようになっている。つまりメインボックスがコンピュータのサーバーの役割をして、すべてのコントロールはメインボックスで行うということなのだ。そしてiPhoneは、家のルーターを介してメインボックスと通信するという仕組みである。ちなみに、インターネット環境として、固定グローバルIPと高速のインターネットが必要で、iPhoneには専用のフリーソフトをダウンロードして入れる必要がある。そして2日間の悪戦苦闘の末、なんとか勝利を収めたが、手間もかかりいろいろ高くついた。おまけとして、屋根瓦を工事中に動かしたのがよくなかったのか、現在雨漏りがして困っている。さらにお金がかかりそうである。
第104話 老後のIT
リタイア(退職)した人に対して、オーストラリア政府はリタイアメント・ビザを発行している。環境がよく、安全で、物価の安いオーストラリアで余生を過ごそうと、20年以上前から、リタイアメント・ビザを使ってかなりの日本人がオーストラリアに住み着いた。
ところが20年の間にオーストラリアは大きく変化した。日本経済が20年ほとんど沈滞したままだったのに対し、オーストラリアは2000年にオリンピックを経験し、その後奇跡のような経済成長を遂げ、所得は倍増、土地や家は高騰、物価も日本より高くなってしまった。
日本の年金を使ってオーストラリアで気ままに暮らそうと考えていた人たちが、この物価高に耐え切れず、日本に帰ってしまった人も少なくない。そして20年前に50代、60代だった人たちは、現在70代、80代になっており、経済以外にもいろんな問題が出てきている。一つは健康の問題。英語で医者とうまくコミュニケーションが取れない。オーストラリアの健康保険がない。あとは、片方の配偶者が亡くなってしまって一人になった場合などだ。
一つの救いは、20年前には考えられなかったほど、現在はITが発達した。国際電話料金は国内料金と変わらない程安くなっており、IP電話、格安電話カードを使ったりすると1時間話しても料金が気にならない程になった。また、インターネットの急速な発達で、メールのやり取りにより、すぐにメッセージや文章のやり取りができ、スカイプなどを使うと無料で、チャットやビデオ電話ができるようになった。
ただ、70代、80代の人たちは自分でコンピュータを操作できない人が多く、その場合たとえば監視カメラを家に何台かつけて、日本にいる家族が、親が大丈夫かどうか24時間いつでも点検するということもできるようになった。最近のテクノロジーではiPhoneからも確認できるようになっており、旅行先からでもインターネットさえあればiPhoneから親の様子を窺うことができる。ただこれでは親にとってはプライバシーがなく、なにか一方的に見張られている囚人ような感じを受けるが、カメラをお互いにつけると、テレビ画面、モニター、iPhoneなどで、お互いを映し、テレビ電話、テレビ会議ができる。
私の母は現在98歳で、私の家族と共にシドニーにいる。この歳にしては、元気なほうであるが、以前足の骨を折ったのでフレーム(歩行補助機)をついてトイレに行く必要があるのと、少し痴呆症になっていて、昼間家に誰もいなくなることがあるので、2、3年前から監視カメラをつけている。ただその当時のものはiPhoneが使えず、わざわざノート・コンピュータを外出先まで持って行く必要があったので、最新のものに変えようといろいろカタログを調べているところだ。
第103話 電磁波の問題
最近WHO(世界保健期間)が、携帯電話を耳に当てて長時間通話すると、脳の癌などの発症率が高くなる可能性があるということを発表した。私は携帯電話のヘビーユーザーで、そう言えばかなり思い当たる節がある。携帯電話を耳に当てて長く話していると、脳が電子レンジで攻撃を受けたように痛くなる。通話が終われば元に戻るが、これを何度も繰り返していると体によくないことは身をもってわかる。
WHOは、予防策として、耳に直接つけて聞くのではなく、イヤホンとマイクを使って通話する方法を薦めている。しかし、電話が掛かって来た途端にイヤホンを取り出して耳にはめるのに時間がかかる。外にいてかばんを手に持っているときなど、一旦かばんを下においてポケットから電話を取り出し、絡まったイヤホンのコードを解きほぐしながら電話にでるのは至難の業である。またイヤホンのプラグ周辺は昔から壊れやすく、ちょっと手荒に扱うとすぐに音が聞こえなくなる。イヤホンと言えど高価なので、なんとか音が出ないかとプラグ近くのコードを持って右に左に揺らして音のでる接触点を確かめるが、そのうち根負けしてあきらめる。
最近はブルートゥースを使ってコードレスにし、かつてのマイケル・ジャクソンやマドンナのように片方の耳かけ式でイヤホンとマイクが一体になったおしゃれなものがあるが、通りを歩きながら通話すると回りがやかましいのかどうしても大声になり周囲を驚かすことになる。私は最初見た時は、この人は気が触れているのではないか思ったくらいだ。
電磁波で思い出したが、そういえば一時期電磁波をカットするスクリーンフィルタや妊婦のための防電磁波エプロンが流行ったが、モニターがCRT方式からLCDやLED方式に変わり、モニターから電磁波がほとんどでなくなったこともあり、最近見ることがなくなった。
余談のついでに、聞いた話であるが、かつて伝書鳩レースで、90%以上の帰還率(伝書鳩が放たれたところから飼い主の家に帰ってくる確率)があったのが、現在帰還率は60%くらいに落ち込んでいるそうである。帰還率が悪くなった時期と、携帯電話のサービスが始まった時期が重なるそうで、電磁波の影響によるものであるということはあきらかなようである。
空中にある電波を集めて充電する時計や携帯電話の話を聞いたことがある。つまり目には見えないが空中にはあちらこちらに電波、電磁波が充満していて、時計や携帯電話くらいの充電はそれを捕まえてできるということなのだが、こりゃ便利と飛びつける話なのだろうか?
第102話 中国旅行とインターネット・アクセス
最近中国に旅行する機会があった。旅行は合計で3日くらいの滞在なので、ノートPCを持っていこうかどうか迷った。つまり海外で携帯電話を使いたいためiPhoneは必ず持っていくことにしていたので、これさえあればメールも見ることができるし、ウェブ閲覧も簡単なものであれば不自由しないので、ノートPCを別にもっていかなくてもよいかとも考えたが、結局ITを商売にしている者の性でノートPCも持っていくことにした。
私のiPhoneのプロバイダはOptusで、電話を中国でも受けたいため海外ローミングを申し込んだ。海外ローミングのサービスは主に2つあり、1)携帯電話機能が海外でも使えるサービス(フォーン・ローミング)と、2)海外のワイアレス・ブロードバンドを使ってインターネットにアクセスできるようにするサービス(データ・ローミング)である。つまりこの2つのサービスがあれば、普段と同じように、どこにいても携帯電話とインターネットが使えることになる。ただここに大きな問題がある。TelstraもOptusも他のプロバイダもデータ・ローミングのレートが非常に高く、そういう事情を知らないで使って、1週間くらいの旅行で2千ドル、3千ドルを請求された人が多くいて大問題になったことがある。最近はプロバイダ側でも気を付けてユーザが海外ローミングを申し込むときに、iPhoneのデータ・ローミングのスイッチをOFFにするように勧めている。私もデータ・ローミングのスイッチをOFFにして行ったため、海外でのインターネット・アクセスは、ネットワーク・ケーブルかWi-Fi(ワイアレスLANのこと)ですることになった。
中国は北京空港に着いた。北京空港でiPhoneのスイッチをONにしてWi-Fiをチェックしたところ空港のWi-Fiを見つけた。セキュリティー・マークがなかったので、すぐに使えるかと思ったらそうではなく、まずウェブ・ブラウザ(iPhoneの場合はSafari)でアクセスして、Login Nameを登録するようになっていた。時間がなかったのであきらめ、北京市内のホテルに向かった。ホテルは事前にインターネット使用可を確認していたのだが、着いてみて分かったのはケーブルのみ使用できるということであった。iPhoneは基本的にケーブル接続でインターネットを使うようにできていないため、ここでもiPhoneでインターネットは使用できなかった。ノートPCを持ってきてよかった。
帰りの北京空港で時間があったので、iPhoneでのインターネット使用を試みたが、iPhoneでいくらやってもセキュリティーが関係しているのか無料登録がうまくできなかった。登録できない場合は、航空会社のカウンターでアクセス用のユーザーネームがもらえるとウェブに書いてあったので、カウンターで聞いたところ「我不知道(うちは知りません)」とあっさりと断られてしまった。
今回上海にも行ったのだが、上海空港も同じような感じで、さらに私の記憶が正しければ成田空港はWi-Fiが確か有料だったような気がする。iPhoneを操作してクレジットカードの番号を入れるのがとても面倒であきらめてしまった記憶がある。世界中の空港をチェックした訳ではないのだが、意外と多くの空港でWi-Fiを有料にしたり、ややこしい登録手続きが必要だったりすることが多い。よくマクドナルドは無料のWi-Fiがあると言われているが、海外に行ってまでマクドナルドに入るだろうか?
第101話「パスワード」
銀行の広告などで、しばしば暗証番号は生年月日などの簡単にわかるものは避けてくださいと言っているが、今でも多くの人たちが自分や家族の誕生日をパスワードに使っている。銀行の暗証番号は4桁の数字が多いので、4桁で覚えやすい数字というのがどうしても誕生日になる。他人に分かりにくい数字を考えたとしても、もし長い間使っていなければ忘れてしまう恐れがあり、そちらの方がもっと心配で、どうしても覚えやすい方に走ってしまう。
またカード時代になり、いろんなカードをたくさん持つ人は、一々どのカードがどの暗証番号だったか覚えるのが面倒くさくなり、すべての暗証番号を同じにしている人がいるが、財布が盗難に遭った時には、当然すべてやられてしまうというリスクがある。
コンピュータのパスワードでは誕生日をパスワードにしている人は少ないが、パスワードがユーザー名と同じだったり、パスワードなしだったりというのが多い。ルーターなど、周辺機器やソフトでのデフォルト・パスワードでよくあるのが、password、admin、ハードやソフトの会社名といったものであるが、よくルーターのpasswordというデフォルト値を変更せずに何年も使っている人たちがいる。この間、どうして変更しないのだと聞いたら、変更したら何かおかしなことが起こりそうで怖くて変更できないそうだ。
企業でサーバーを使っているところは、最近パスワード管理が厳しくなっており、例えばパスワードの桁は8桁以上、必ずアルファベットと数字を混ぜる必要があり、さらにアルファベットは大文字、小文字を混ぜる必要があるというものである。また90日毎にパスワード変更が必要になり、前のパスワードは使えないと言った厳しい規則のものもある。そこで、よくみんながするのが、アルファベットと数字の羅列、Abcd1234、もしくは名前と年号、Iwato2011といったもの。そして末尾の数字やアルファベットを変更毎に1つずつ上げていくというのが多い。
私事を言うと、私はだいたい3種類のパスワードを持つことにしている。銀行の暗証番号用などで使う最も大事なパスワード、コンピュータのパスワードなど通常のセキュリティーに使うもの、そしてソフトの登録用や他人と共有する他人に教えてもたいして害のないパスワード。
昔から日本人は危機管理意識が希薄だといわれる。昭和30年代、よく家の鍵を牛乳瓶入れに置いて出かけたが、未だにそのような感覚が日本人の中にあると思う。最近ソニー・プレイステーションの顧客情報が大量流出した事件があったが、ハッカーがやる気を出せば大概のセキュリティーは破ることができるということを証明した。インターネット時代において、パスワードひとつで世界とつながっているということを忘れてはいけない。
第100話「停電〜この広い宇宙にひとりきり」
「水や米じゃないんです。連絡手段がなくなるということの不安感はかなりの大きさでした。人とのつながりが断ち切られる不安というのは、極端な話を言えば、宇宙にいるスペースシャトルと地上との交信が途絶えてしまい、何がどうなっているのかわからないという感覚です。」
これは東日本大震災の被災地で救援活動を続ける友人からのメールに書かれていたメッセージだ。停電が起きている被災地の人たちに対して、「停電で何が一番不安だったか?」という問いをしたところ、多くの人達が「携帯の充電が切れること」と答えた。それを踏まえて友人は、最初に書いたようなコメントをし、現在の日本人にとって携帯電話のバッテリーが何よりも大切なものと訴えている。
話は変わるが、私は昼間エレベーターに一人で乗っていて停電に遭ったことがある。エレベーターは即時停止、明かりは消えて真っ暗になり、大きく2、3回上下にバウンドした。そのエレベーターは最新式とのことで、各階に行くボタンはなく、エレベーターホールで行き先のボタンを押す仕組みで、エレベーター内にはドアの開閉と非常用ボタンしかないことが、私をさらに不安にさせた。いったい自分が何階にいるのかもわからない。もし各階のボタンがあれば、たぶん全てのボタンを押して一番近い階で降りようとしたと思う。仕方なく非常用ボタンを何回か押したが、しばらく何も返事がなく、もしかしたら誰も助けにこないのかも知れないと思うと、不思議なことであるが周りの空気がなくなるような錯覚に捕らわれ息が苦しくなった。しばらくしてやっと応答があったが、その時の喜びは、「命拾い」という言葉がオーバーではないほど本当にありがたかった。そんなこともあって、今回の震災で陸の孤島と化した被災地の人たちが救援隊と連絡が取れたということがどれほど大きなことであったか私には理解できる。
今回震災による停電でわかったことは、ほとんどの文明の利器が使えなくなることだった。これは今更言わなくても事前に考えればわかると言うかも知れないが、それがやはり人は起こってみないとわからないことが多い。震災による停電は、県規模の大きな地域での停電であったために、アースアワーの消灯や、ちょっとした停電では経験しない思いもよらないことが起こった。
信号が灯かないため交通は大混乱、水道も実はモーターで回して供給しているため停電になると水もストップ。懐中電灯は乾電池が1日もたず、店に買いに行くと品切れ。そこで、誕生日とお盆以外使ったことがなかったろうそくが大活躍したが、これもみんなが買いに行ったため品切れ。携帯のバッテリーもそのうち切れて、充電箇所が見つからずという原始時代に戻ったような状況のなかで大パニック。今回のこのような状況を踏まえて被災地を回る友人は、インフラの重要性を、電気→燃料→水という順位をつけた。ただ友人のいる場所は岩手の少し内陸側なので、別の被災地域では異なった意見がでる可能性はある。
発明王トーマス・エジソンが亡くなったときに、時の大統領フーバーの働きかけで、全米で街の明かりを1分間消して、彼の死を悼んだ。そして最近もニューヨークでこのような行事が行われたと聞いている。これは電灯を発明したエジソンに感謝すると共に、もし電灯や電気がなければどれだけ我々は不便なことになるかという、戒めの意味もこめられている。
私が子供のころの昭和30年、40年代は日本でもよく停電があったが、その後は今回の震災前までほとんど停電というものがなかった。若い人たちの中には今まで一度も停電を経験しなかった人もいると思う。その人たちにとって当たり前のものが当たり前でなくなった今回の停電は大ショックであろう。翻ってオーストラリアを見てみれば、頻繁に大規模な停電があり、つい最近でも、シドニー市内の信号が止まったことがあった。ただみんな慣れているのか、大きな事故は起こらなかったようだ。まあ、オーストラリアに住んでいると事前の訓練ができているというところか。
第99話「災害とIT」
まず今回の東日本大震災で犠牲になった方々に対し深く哀悼の意を表します。
私がこの原稿を書いているのは、地震発生から1週間程しか経っていないので、その全容はまだわからないが、死者は最終的に2万人を超えると言われ、2次災害として、原子力発電所の放射能漏れが心配されている。果たして今回この未曾有の災害の中、最新IT機器やインターネットはどのように機能したのだろうか? 調べてみた。
3月11日の大地震直後、管直人首相が作業服を着て最初の記者会見を行った。その時言ったのが、「みなさん、テレビとラジオの情報をよく聞いてください」であった。インターネットのことを政府は何も口にしなかったのが気になった。最初は菅さんの頭が古くてそう言ったのではと思ったが、よく考えてみると、インターネットによる情報は個人的な思い込みによる情報、誤った情報が含まれていることが多く、政府としてはこの災害時の情報としてはインターネットではかえって混乱すると思ったのかも知れない。また今どきラジオでもないだろうと最初思ったが、ラジオは乾電池がある限りどこにいても情報を取ることができるという意味で他のどのIT機器より確実であるということが今回証明された。
ではインターネットは役に立たなかったかというと、全くそんなことはなく、停電が続く状況でiPhoneなどのスマートフォンを使った人が多く、たとえば携帯電話が不通になったときは3Gインターネット回線を使ってスカイプで電話できたりした。3G携帯電話の中継局と3Gインターネットの中継局は基本的には同じであるにも関わらず、送信の仕方が違うためか携帯は使えないのにインターネットは使えたということを日本の友人から聞いた。スマートフォンからインターネットのウェブにアクセスし、ツイッターを伝言板代わりに使う人も多くいた。
困ったのは停電である。今回も大規模な停電があり、ほとんどの文明の利器が使えなくなった。先ほども言ったがIT機器の中で停電に強いのは乾電池で動くラジオくらいのもので、それ以外は最低充電が必要になる。例えばiPhoneを持っている場合、停電したら車から充電するか、どこか充電ステーションを探すことになる。車が使える場合、このスマートフォンを車のバッテリーで充電というパターンが今回多く見受けられたが、車のガソリンも不足しており、車が使えなくなったら充電もアウトである。
今回の災害を踏まえて、今後災害時の情報入手に対しどういうIT機器を最低限備えたらよいかということを日本にいる被災者の友人と話し合った。彼の意見は、乾電池式のラジオと予備の乾電池、iPhone などのスマートフォンと車から充電できるアダプター。そして第二段階として、できれば自家発電機+衛星インターネットがあれば大きな災害が来ても情報を失うことがないということであった。
もしオーストラリアで同じ規模の災害が起ったことを考えてみようと思ったのだが、ほとんどのオーストラリア人はこの国には大きな地震は起きないと信じており、従って津波もインドネシアの地震による余波の津波くらいにしか考えていないように思える。しかし先日のクイーンズランドの大規模洪水は誰が予想したであろう。第一そのちょっと前まで旱魃で苦しんでいたのだ。ニュージーランドの地震も人ごとではない。特にこの国は先進国にしてはよく停電があるので、何か災害が起こったらちょっとしたことですぐ停電になる可能性が高い。我が家でも停電になったら未だにろうそくが大活躍していて、何も情報がないまま、ひたすら電気が回復するのを待っている。もしこれが何日も続いたらどうなるのだろう?
みなさんも次に停電になった時に、どんなIT機器が停電時に使えるのか、情報をどうやって確保するのか、災害を想定してシミュレーションしてみてはどうであろう。
第98話「フェイスブック革命」
フェイスブックは今や知らない人はいないと思うが、最近は別の意味で有名になっている。北アフリカのチュニジアで起こった「ジャスミン革命」、その後続いて起こったエジプト政権交代に深くフェイスブックが関わっていたことだ。インターネットを使ったアプリケーションは、メール、ウェブページ、ブログ、チャット、ツイッターなど数多くあるのになぜフェイスブックなのか?
フェイスブックは元々大学の学生間の連絡や、ニューズレター、同窓会の案内などをインターネットでやってみようという発想で始められた。従来あった「チャット」や「掲示板」と違うところは、個人のプライバシー情報の保護が徹底して考えられているところだ。たとえば、通常あるユーザーの情報は誰でも見てよいものと、その人が許可した人しか見られないという情報に分けられる。フェイスブックの場合はそれに加えて、個々の情報が暗号化されており、フェイスブック以外の方法で個人情報を取ったり、ハッキングしたりして情報を盗んだとしても暗号化されているので内容が全くわからないというものである。
たとえばメールを例にとると、メールが送信者から受信者までに届くためには、多くのインターネット・プロバイダのサーバーを経由する。その途中で故意にそのメールの内容を盗んで、読もうと思えば読むことができる。ところがメールを暗号化して送ると途中で盗まれたとしても内容がわからない。このようにフェイスブックは、全ての情報を暗号化することによって個人情報をプロテクトしている。
これをエジブトのデモ指導者にあてはめると、デモの集合場所、日時をフェイスブックに載せてそれを仲間だけに許可することによって、政府の目を潜り抜けることができる。サイバーポリスのハッキングによって情報を盗まれたとしても、暗号化されているため何のことかわからない。
ただ政府にももちろん頭のよい者がいて、スパイを送り込んで誰かのログインとパスワードを取得した。そして、その人になりすまして次々とデモの情報をつかんだというものである。デモの主催者は、そのうちに情報が漏れているのに気づき、別のユーザーに変更した。そして政府はそれにもスパイを送り込むといういたちごっこを繰り返した。
そして業を煮やしたエジブト政府は、インターネットそのものへ接続できなくさせようと、4つある大元のインターネット・プロバイダに対し、インターネットへの接続を切断させ、結果としてインターネットを使えないようにした。
さて、今度はそれを傍観していたグーグル社が立ち上がった。なんと国際電話経由で、インターネット接続を可能にするサービスを開始した。そして時を同じくして謎のハッカー集団 Anonymousがエジプト政府のコンピュータにハッカー攻撃を加えて(この場合は多くのハッカーのコンピュータから政府のコンピュータに休みなくアクセスし、ログインは成功しなくとも接続をビジーにし、結果誰も入れなくなる昔のFAX攻撃のようなもの)コンピュータを使えないようにした。そして何日か後に政府は根負けして、結局インターネット接続を元に戻した。
要するに今回の一連の抗議デモが膨らんで革命までもっていったのは、IT面からいうと以上のような事情があった。現在他の中東諸国やアジア諸国にまでその勢いは広がっている。
第97話「スーパーマリオ・ブラザーズ」
以前私が日本で勤めていた会社は、任天堂の「スーパーマリオ・ブラザーズ」のソフトを開発していた。私自身はCADと言って、コンピュータで機械や建築、電気などの設計を支援するためのソフト開発をしていたが、同じ会社の別の部署で「スーパーマリオ」、「ゼルダの伝説」などを任天堂と共に開発していた。
「ゼルダの伝説」開発時に記憶に残っているのは、開発者が何畳もある大きな紙に緻密な背景を描いたものを見せて、「ゲームのスクリーンは小さいが、背景をスクロールするためにはこのくらいの大きさが必要」と自慢していたのを想い出す。スーパーマリオに関しては一度全社員を会議室に集めて、最初のバージョンから最新バージョン(とは言え、その当時はまだ2次元)までデモをし、次のバージョンのための意見交換をしたことがある。当時の最新バージョンではマリオが蹴るサッカーボールが2次元のフラットな画面上で3次元のように回転して見えた。デモの後、本格的な3次元にするにはどうするべきか、意見を求められたように思うが、どう答えたか覚えていない。
ある日糸井重里氏が会社を訪れた。「マザー」というゲームの発売に備えて最終打ち合わせをしに来た。任天堂の宮本茂部長(当時)も一緒にいた。宮本さんは2006年にフランスから勲章をもらったくらい国際的に有名な方(たぶん日本の首相よりフランスでは名前が知られている)で、今や伝説の人であるが、当時はいろいろみんなで楽しく意見を出し合ったのを覚えている。
日本で「ファミコン」と言っていたのが、海外に進出するにあたって、「Nintendo」と会社名そのままで命名された。その後、「スーパー・ファミコン」を発売したとき、「Super Nintendo」としたのには驚いた。我々の年代は、任天堂といえば、花札、トランプのメーカーで、何か漢方薬を売っている薬局のような名前を最新のコンピュータ・ゲームにつけ、しかも頭にSuperと付けたのがとても奇異に感じ、着物を着てカウボーイハットを被ったサムライのように感じた。ただ外国人にとっては、そのようなイメージが元々なく、真新しく映ったのであろうと思える。
その当時からゲーム開発者は普通のサラリーマンと異なり、朝から会社で寝っころがって漫画を読んでいてもよいという習慣があり、その代わり発売前になると徹夜徹夜の連続になった。「こういう生活を続けていると家庭などというものは持てない」とからかった記憶がある。
私はこれだけ身近でゲーム開発が行われていたのにも関わらずゲームには一切興味がなく、スーパーファミコンやプレイステーションを操作する方法も知らない。ある日子どもがスーパーマリオの最終画面をクリアした。その後映画のエンドロールのようにスタッフの名前が出てきた。ほとんどのスタッフを知っていたので、子どもに「みんなパパの昔いた会社の仲間だよ」と自慢したが、子どもから「パパの名前はどうしてないの?」と言われてしまった。確かにゲーム以外のコンピュータの仕事というのはその作品に会社以外の名前を載せることをしない。なにかとてもくやしい気がする。でもこれは内緒であるが、昔自分が作ったソフトに隠しコマンドを入れて暗証番号を入れると自分の名前が出てくるようにしたことがある。わずかな抵抗ではあるが。