ジャパン/コンピュータ・ネット代表取締役 岩戸あつし

世間ではなにかと5Gが話題になっている。最近は、技術の進歩、社会の発展というよりは、米中の貿易摩擦、知的財産権問題における取引アイテムとしての話題の方で世間を騒がしている。政治的な問題を理解するためにも、まず携帯通信というものがどういうものかという理解が必要である。今回は5Gの説明に先立って携帯通信についての歴史のおさらいをしてみようと思う。

よく4Gとか5Gとか言うが、このGはGeneration、つまり世代を現している。5Gの意味は、第5世代携帯通信ということになる。携帯通信の最初のアイデアは、米国のモトローラ社の研究員が考えたようだが、最初に実用化された1Gは、なんと日本で、1979年に自動車電話として登場する。NTTの前身である日本電電公社が東京23区を対象にしてサービスを開始した。このころはまだアナログで、重量が7キロもあった。実はその前に日本国民はすでに携帯電話の存在を知っていた。時は1970年、所は大阪。万国博覧会会場の日本電電公社のパビリオンで、当時中学生だった私は人の顔より大きい携帯電話を持ち上げて自宅に電話したのを覚えている。

1990年代、2Gになって大きく変わったのは、通信がアナログからデジタルに変わったことである。ダイアル音のジーコジーコというパルス音から、現在のプッシュ音であるピボパポに変わった。携帯電話のサイズも現在とほぼ同じ大きさになり、通信スピードも格段に速くなった。NTTドコモはiモードを開発して、携帯電話でEメールが送れるようになった。

2Gまでは各国で独自の通信技術が開発されて世界で通用する統一規格がなかった。国際連合の専門機関であるITUが世界の携帯通信標準化を進めた規格が3Gである。2000年ころに実用化された。ちょうどこのころフィンランドの携帯電話メーカーであるノキアが3G対応の携帯電話をいち早く開発し、世界の市場を奪っていった。それまで日本の携帯電話メーカーも世界で活躍していたが、日本のメーカーだけでなく米国の老舗メーカーであるモトローラなども販売が低迷し、今まで全く注目されていなかった北欧のノキアに市場を奪われた。一説には、米国、日本では電磁波による健康被害の問題が取り沙汰されており、電磁波を封じ込める技術に拘ったために開発が遅れたのではと噂された。

3Gではただ規格が統一されたというだけではなく、速度が2Gに比べて飛躍的に速くなった。その後3Gの規格内でも通信スピードが年々速くなり、Eメールだけではなく、ウェブサイト、フェースブックなどの多くのインターネットを使ったアプリケーションソフトを組み入れることができるようになった。そのため、それまで小さな窓にダイアルナンバーくらいしか表示できなかったスクリーンを大きくして、ダイアルボタンをなくし、ダイアルボタンもパネルスクリーン上に表示させるスマートフォンが誕生した。2008年アップル社iPhone 3Gの誕生である。

時を同じくして、グーグル社がスマートフォン用のOSであるアンドロイドを開発した。グーグル社はアップル社とは対照的に自らはハードウェアであるスマートフォンを作らず、OSだけをサード・パーティーにライセンスするという方法を取った。これはウィンドウズで成功したマイクロソフト社と同じ方法である。しかもグーグル社は、アンドロイドのライセンス料を無料にし、さらにソースコードまで公開するという方法で先行するアップル社を追い上げた。

そして2012年、時代は4Gに入る。4Gではさらにスピードがアップした。3Gから4Gへの移行はスマートフォン上ではすんなりと問題なく切り替えが利き、いつ4Gが出たのか気付かなかったくらいだ。しかし、実際は4Gのスマホとやりとりするところの無線基地局は3Gものを使えなかったために、4G専用の無線基地局の建設が必要で、最初のころは4Gをカバーするエリアが都市部だけに限れていたのを覚えているだろうか。

さあ、いよいよ5Gに入る。5Gに関してはテレビ、インターネットで色々報じられているが、わたしなりに次回以降本紙で解説したいと思っている。

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