鳥居泰宏/ Northbridge Medical Practice


高齢化の進んでいる社会では認知症の発症率が将来高まっていくことはあきらかです。重度の認知症患者のケアーにはかなりの人的資源も必要とし、医療システムにも大きな負担がかかってくることは容易に予測できます。
オーストラリアでは現在(2012年)で26万人の人が認知症を煩っていて、2050年にはその数は4倍の100万人にまで昇るだろうと予測されています。もちろんこの問題によっておこる国への経済負担も莫大なものとなります。
認知症にはアルツハイマー型と血管性(動脈硬化の影響による)のものとがありますが、どちらも高齢になるほど発症率は上がります。認知症の発症率は60-64歳で0.9%、80-84歳で12.2%、そして90歳以上の年齢層ですと35.7%にもなります。
認知症をおこす要因は実際に症状が現れる20~30年以前から影響をおよぼしていますので40から50歳の人をターゲットとして予防法に関するアドバイスをしておかなければなりません。現在認識されている予防法は学習活動の継続と動脈硬化の危険因子をコントロールすることが主なことです。予防といっても認知症の発生を完全にくいとめるということではなく、発症のリスクを低めるということです。

学習活動の継続と脳の健康
学習活動、やりがいのある職業、認知行動を多く伴うレジャー活動を高年齢になっても継続することによって認知症の発症率が40~50%低下 することが統計学的にもあきらかになっています。
この学習、仕事、レジャーの3つの活動のうちひとつだけがとびぬけて認知症のリスクを下げるというわけではなく、この3つの活動の合同作用が大事なようです。
アルツハイマー病では脳の中、特に海馬という部分に老年斑(senile plaque)というものができます。この神経病理学的変化と認知症とは深い関連がありますが、同じレベルの変化が脳内におこっていても臨床的に認知症の症状が出ている人と出ていない人があるようです。同じレベルの老年班が起こっていても総合教育年数が4-7年の人のすべては認知症の症状が現れていますが、教育年数が12年以上の人では43%にしか認知症の症状が現れていませんでした。教育レベルの高い人は何らかのメカニズムで病理学的な変化がおこっていてもそれを補足することができるようです。脳の前頭皮質にこの埋め合わせをする能力があるようで、学習活動の活発な人ほど前頭葉の脳細胞の密度が高いようです。
動脈硬化からおこる脳血管疾患も認知症をおこす大きな要因ですが、学習活動の活発な人は脳血管疾患自体がおこりにくいようです。つまり、高血圧、糖尿病、高脂血症が脳血管疾患をおこすおもな危険因子ですが、この危険因子が同レベルの人のあいだで学習活動のレベルを比較してみると学習活動が活発な人ほど脳凹窩 (小貫通動脈の閉塞によって生じる脳組織の小さな限局性の欠損)、動脈硬化や脳の深白質層におこる病理変化が少ないということもわかっています。

脳トレーニング
これは、いくつかの認知領域(記憶力、注意力、問題解決力、認知速度)に的を絞って繰り返して行う脳の体操のことをいいます。このような体操法が載っている書籍、コンピューターソフトやウェブサイトがいくつかあります。例えば記憶力だけの体操を行うよりもたくさんの認知領域にわたって体操をするほうが効果的なようです。このような体操を続け、脳を活発に働かせておくことによって認知症の発症を防ぐことができるようです。
www.Lumosity.com, www.happy-neuron.com, www.cognifit.com などが脳トレーニングについての情報がのっているウェブサイトです。

引退の再検討
上記のような頭の体操をする以外にライフスタイルの選択によって学習活動を続けることもできます。定年退職の年齢が低い国ほど高齢になってからの人口の記憶力が低めというデータも出ています。
ですから早めに引退して老後の生活を楽しむにしても引退後のライフスタイルについてよく考慮するべきです。あるいは、健康で現役生活を楽しんでいるようでしたら引退を先延ばしにすることも選択肢だと思われます。
たとえ引退したとしても脳に刺激を与えるライフスタイルを選択することが大切です。次のような活動が認知症防止に効果があるとされています。

*ボランティア活動
アメリカで行われた研究では現地の小学校でボランテイア活動をしていた女性の前頭葉の血行が向上していたということが観察されています。

*第二カ国語を習う
母国語以外の言葉を習うと認知症の発症が4年ほど遅くなるというデータがあります。

*その他
自分が積んだ知識や経験を使って他人に教えることも脳を刺激して使うことになりますので薦められる活動です。その他、楽器や絵を習う、日曜大工、刺繍、踊り、ブッククラブに参加するなども脳を刺激することに役立ちます。

動脈硬化、脳血管疾患の予防
*高血圧
動脈硬化の危険因子である高血圧が特に認知症との関連が深いようです。中年期(40-50歳代)における高血圧を治療していなければ20-30年後に認知症がおこる確率が2-3倍上がります。また、高年齢者(60歳以上)においての高血圧の治療 効果はそれほどはっきりとしていませんが、効果があることは確かなようです。

*禁煙
喫煙と認知症の関連もはっきりとしています。また、禁煙すると数年後には認知症のリスクは無喫煙者とほぼ同じレベルに戻るようですので、長年タバコを吸っていたから今さら止めてももう手遅れということはありません。

*運動
肉体的な運動をすることが脳の健康にもいいという証拠は数多くあります。そのメカニズムは解明されていませんが心拍出量の増加によって脳の血行がよくなることも大きな要因だろうと思われています。正確にどのような運動をどれだけすればいいというきまりはありませんが、一般的に薦められるのは;
★中程度の激しさ(息がはずんでもまだ会話は続けられる程度でうっすらと汗をかく程度)
★毎回最低30~45分程度
★最低週に3回
★主に散歩などのエアロビック(有酸素性)の体操

*食事、ダイエットに関して
特にどのような食べ物を摂ったら認知症を防げるという直接の関連性のあるものはありません。しかし、オメガ3脂肪酸(Omega 3 fatty acid) や油の多い魚(鮭、まぐろ、メカジキ、サバ、いわしなど)は脳血管疾患のリスクを低める効果があるということで認知症の発症率を下げることにも役立つのではないかと考えられています。その他には動脈硬化をおこす危険因子である糖尿病や高脂血症を防ぐためには高カロリーの食べ物(糖分や脂肪分)の過剰摂取は避けなければなりません。太りすぎにも要注意です。

認知症を完全に防止する方法はまだありませんが、脳の刺激となるような学習活動、職業、レジャー活動を続け、動脈硬化と脳血管疾患の予防にも気を配ったライフスタイルを送ることによってその発症率を下げることはできます。

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