ジャパン/コンピュータ・ネット代表取締役 岩戸あつし

 

我々はよく意識という言葉を使う。自動詞で「意識がある」と言うときは、昏睡していない覚醒しているという意味で使う。他動詞で「彼を意識する」と言うときは、注目したり、興味があるという意味で使う。人工知能研究者が究極的なものとして注目しているのは自動詞の方である。日本語で意識、英語でConsciousnessと言うが、日本語であろうが、英語であろうが考えれば考える程わからない言葉で、しかも深淵である。じっくり考えてみればわかるが、意識とはなにかを簡単に説明できない。

1960年代のテレビで「コンピュータでできないものはなに?」と子供向け番組で解説していたのを思い出す。回答として「コンピュータは、計算はできるが、創造したり自分で考えたりすることができないので、そこは唯一人間に残された聖地です。これからは、計算はコンピュータに任せて、人間は創造したりアイデアを考えたりする人間にしかできないことにもっと集中するべきです。」というものであった。ところが漫画の世界では、鉄腕アトム、8マンなどの人工頭脳を持ったロボットが登場し、21世紀には人間のような意識を持ったロボットが開発されるのではないかと子供たちは期待していた。

1960年代の後半に人工知能の開発は最初の盛り上がりを見せた。ここに至って人工知能の研究者の間で創造や考えも機械的に作り出せるという自信が見えた。知性、理解、覚醒、意識という人間のすべての精神活動は機械的に造ることができるという楽観論が支配した。ところが1972年にヒューバート・ドレイファスという哲学者が「コンピュータにできないこと」という本を出版して、コンピュータで人間の意識は作れないという本格的な批判を展開した。

彼の批判を要約すると、コンピュータができることは、アルゴリズムに代表されるシンボル間の関係とシンボルの操作(シンタックス)であって、人間の知性はシンボルの意味(セマンティック)抜きではありえないとした。この批判はかなり確信をついていたと見え、多くの人工知能研究者がこの本を読んだと言われている。そして、このころから絶対にコンピュータでは人間の意識は作れないというグループと、コンピュータがもっと複雑になればこの問題も解決できるというグループに分かれた。そして、その論争は今でも続いている。

コンピュータで人間の意識が作れるというグループは、人間の頭脳の構造をそっくり真似たコンピュータを作ろうとして、ニューロン(神経細胞)に対応するチップを開発している。人間のニューロンは大脳だけで一千億あると言われており、一千億のチップが複雑に絡み合うモデルを作るのは至難の業であるが、技術の進歩により実現は夢ではないというレベルにまできている。このグループはこのモデルが完成した暁にはコンピュータも人間と同じような意識を持つと考えている。

それに対して絶対にコンピュータで人間の意識は造れないというグループの間でも、ドレイファスの反論以外に今までに数々の説が出てきている。その中でとてもユニークなのは、イギリスの数学者で物理学者のロジャー・ペンローズが唱えた。「量子脳」理論である。

ペンローズは著書の中で「意識」を以下のように位置付けている。
「知性」は「理解」を前提とする
「理解」は「覚醒」を前提とする
ここに、「覚醒」は、「意識」の受動的な側面を表している

そして、彼の論法は以下のようなものだ。
「コンピュータには、計算可能なプロセスしかできない
意識は、計算不可能なプロセスが実行できる
したがって、意識は、コンピュータ以上のことができる」
つまり人の意識はチューリングマシンと呼ばれる現在のコンピュータで作ることができないと言っている。わたしは「意識は、計算不可能なプロセスが実行できる」という部分が今一つ理解できないが、まあ、取り敢えず置いておく。

ただ彼にしても意識を全く造れないとは言っていない。その秘密は量子にあるらしい。ニューロンから延びるマイクロチューブル(微小管)での情報の伝達にシュレーディンガーの量子力学が関係しているというのだ。つまり現在のニュートンからアインシュタインに受け継がれた重力理論では意識の問題は解くことができず、重力理論と量子理論が合体した量子重力理論が確立された後には人間の意識の謎を物理的に解くことができると言っている。もちろんこの理論に反対している学者は多い(というよりほとんど)が、その中で量子力学を理解している学者も数が少ないので、論点がかみ合わないのであろう。

(参考書:ペンローズの<量子脳>理論 ロジャー・ペンローズ、竹内薫、茂木健一郎訳・解説)

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