鳥居泰宏/ Northbridge Family Clinic


 

めまいという症状にはあらゆる意味があります。立ちくらみ、ふらふら感、浮いている感覚、それに目の前のものがぐるぐる回っている感覚などです。
良性発作性頭位めまい症とは重力に対して頭の位置を変えたとき(頭を左右、上下に動かしたときや横になっているときから起き上がるとき、それに横になっているときに寝返りを打ったときなど)におこるぐるぐると回るめまい感のことを言います。吐き気を伴うこともあります。
良性発作性頭位めまい症はよくめまいをおこす原因です。めまいを訴える人の約20%はこの疾患によるものです。
毎年、全人口の1-2%はこの疾患を経験します。小児にはまれですが、高年齢になるほどおこりやすくなります。
老齢者のめまいの約50%は良性発作性頭位めまい症です。

良性発作性頭位めまい症がおこるメカニズム

下図は鼓膜の奥にある骨半規管という、体のバランスを保つ臓器を表しています。3つの円形の管がお互いに90度になるような構造で、その管のなかには内リンパという液体があります。

また、この骨半規管内には前庭軸索という部分があり、線毛のある毛細胞がならんでいます。頭を動かしたときに内リンパが動き、この線毛がなびくとその細胞がその動きを感知し、脳幹の前庭神経核に信号を送ります。(下の図参照)左右の骨半規管からの信号が一致すれば体の平衝感覚が保たれます。
もし、左右からの信号が一致しなければ動性錯覚がおこり、体が回転しているように感じます。

3つの骨半規管が集まっている部分を前庭迷路といいます。この前庭迷路には卵形嚢と球形嚢という部分があり、卵形嚢と球形嚢には平衡砂(otoconia)というカルシウムの結晶がたまることがあります。卵形嚢は迷路の前庭中にある2つの膜性の袋のうち大きいほうで,ここから5つの開口部をつなぐ3本の半規管が出ています。卵形嚢の中の平衝砂は半規管に入ってしまうことがあります。
平衝砂などの残屑は年齢による消耗からおこったり、頭部外傷や感染症からおこることもあります。このような平衝砂は迷路の中の暗細胞によって徐々に吸収されていくようです。
左右、どちらかの耳の半規管にこの残屑が浮遊していると頭が動いた時に前庭神経核に異常な信号が行き、左右からの信号が一致せず、動性錯覚がおこり、体、あるいはまわりの物体が回転している様に感じられます。
この残屑が吸収されてしまったり、残屑の動きを感知しやすい半規管から動きを感知されにくい卵形嚢に移動させれば良性発作性頭位めまい症は治まります。(下図参照)

この操作方をエプリー法(Epley maneuver)または浮遊耳石置換法(半規管, 特に後半規管から卵形嚢に浮遊耳石を置換するための体位変換法)といいます。
*前庭迷路の卵形嚢(Utricle) -迷路の前庭中にある2つの膜性の袋のうち大きいほうで, 楕円形の陥凹中にある。
ここから5つの開口部をつなぐ3本の半規管が出ている. 連嚢管はここから前庭迷路の球形嚢に広がる。
*球形嚢(saccule) -迷路の前庭にある2つの膜性嚢のうちの小さいほうで, 球形陥凹にある。 ごく短い管である結合管により蝸牛管と, また内リンパ嚢およびそれにつながる連嚢管の起始部により卵形嚢と連結する。球形嚢の中にある平衡砂は半規管に移動することはない。

良性発作性頭位めまい症の症状の特徴

*頭位を変えた時に一時的におこるめまいで、通常数秒で治まります。
*頭位を変えてからめまいがおこるまでに数秒の遅れがおこることもあります。
*発症率は女性対男性が2:1で、女性の方がよくおこります。
*午前中の方が症状がおこりやすいことがよくあります。
*頭痛、難聴、耳鳴り、耳の痛み、光恐怖症などは伴いません。
*治療をしなくても自然に治まることもありますが、期間をおいて再発することもよくあります。
*よくある引き金:
-頭を後ろに倒してものを見上げたとき
-美容院でシャンプーをするときに頭を後ろに倒したとき
-ベッドから起き上がるとき、あるいはベッドで寝返りを打ったとき
-むち打ち事故の後
-歯科治療で長時間頭を後ろにそらし、ドリルの振動を受けていたとき
-内耳の外科治療
*吐き気を伴うこともありますが、嘔吐はまれです。
*良性発作性頭位めまい症では半身不随、しびれ、不明瞭言語、運動失調などの神経症状はおこりません。

その他のめまいとの鑑別診断

*ウイルス性前庭炎:左右どちらかの前庭神経にヴイルス感染がおこり、炎症がおこることによって起こるめまい。
前庭神経核に送られる信号の左右不対称により動性錯覚がおこります。風邪などのウイルス感染症が起こった数週間後から数ヶ月後におこることもあります。聴力には影響はありません。もし難聴も伴う場合は迷路炎が考えられます。ほとんどの場合、3週間以内に治まりますが、慢性的に頭位の変化によって軽い症状がおこることもあります。
*メニエル氏病:前庭に内リンパが増加しておこる疾患で、めまい以外に耳鳴り、耳の膨張感、変動する難聴を伴う病気です。原因不明の病気です。症状は20分から24時間続きます。症状がおこる頻度には個人差があり、週に何度も起こったり、数週間から数ヶ月おこらなかったりもします。変動する難聴から始まり、やがてめまいが加わっておこることもあります。この4つの症状以外に吐き気、嘔吐、不安感、頭痛、集中力の減退、下痢、視覚障害などもおこることがあります。
*片頭痛関連性前庭障害:偏頭痛はよくおこる頭痛のタイプですが、痛みは頭の左右どちらかにしかおこりません。吐き気、嘔吐を伴うことがよくあります。偏頭痛に関連してめまいがおこることもあります。頭痛がおこる前、おこっている期間中、あるいは頭痛が治まってからおこるケースもあります。また、頭痛がおこったタイミングと全くかけ離れてめまいが起こることもあります。偏頭痛はよく食べ物や飲物が引き金となっておこりますが、めまいを起こす引き金と類似しています。
*脳卒中、一過性脳虚血発作:後大脳動脈や小脳動脈におこる出血や血栓からめまいがおこることもあります。この場合、難聴、二重視、顔や手足の麻痺、しびれなどが伴います。このような症状も併発しているようでしたらすぐに緊急病院で受診しなければなりません。脳の影像診断や血管造影などの検査が必要となります。
*聴神経腫(Acoustic neuroma):前庭神経と蝸牛神経のまわりにできる良性の腫瘍で、シュワン細胞 (Schwann cell)の過剰生産によって起こります。シュワン細胞は通常神経線維を包み込んで神経を保護し、断絶する役目があります。この腫瘍が大きくなることによって前庭神経、あるいは蝸牛神経に圧迫がかかり、難聴、めまいなどの症状を起こします。
また、顔の感覚をコントロールする 三叉神経や、顔の筋肉 をコントロールする神経にも影響を及ぼすこともあり、顔のしびれや顔面 筋肉の麻痺などをおこすこともあります。初期段階での診断は難しいことも多く、この疾患が疑われる場合には脳のMRI,あるいはCTスキャンが必要です。
*心理社会的めまい:不安症の一環としておこるめまいです。回転性のめまいではなく、ふらふら感の場合が多く、頭位に関連はなく、不安がおこりやすい状況下でおこることがよくあります。人が多くて混雑しているショッピングセンターの中や高所に立っているときなど。偏頭痛や聴覚の異常は伴いません。

良性発作性頭位めまい症の診断

ほとんどの場合は典型的な症状から診断されます。Dix-Hallpike test といって診察室でできる検査もあります。Electronystagmography(ENG, 電子写真法)といってDix-Hallpike test をしたときの典型的な眼振を見る検査もあります。
上記のような鑑別診断が疑われる場合は脳や脳血管の造影検査(CTやMRI)などが必要となることもあります。

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